だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

日本語版Wikipediaに項目のあるNBA選手のウィングスパンの数値を信用してはいけません

先日ラスベガスで例の銃乱射事件があって、ラスベガス出身であるレイカーズのスティーブン・ジマーマンが心を痛めている、というニュースを読んで、あれ、ジマーマンって別のチームにいなかったっけ?と全く別のことに気が向いてしまう。なんとも注意散漫な。それで検索かけたところなんと日本語版Wikipediaにジマーマンの項目があって、随分マイナーな選手の項目があるんだなあ、と感心しつつ前の所属ってどこだっけとクリックし、なるほどマジックだっけか……と目的の知識を得る前にとんでもない情報が目に入ってひっくり返ってしまいました。

ウィングスパン7' 7"!?んなアホな!!

このブログで比較的よく使用するデータにDraftExpressのポジション別身体測定値の平均値のデータがありますが、ドラフト指名されたCの平均値は身長(靴込)が6' 11.25"でウィングスパンが7' 2.25"でスタンディングリーチが9' 2.25"程度で、7フッターの選手のウィングパンはだいたい7' 2"から7' 3"程度というのがNBA愛好家の常識的な認識でしょう。目視で正確に認識するのは難しいですが、7' 5"を超えるぐらいで見た感じにも腕が長いという印象を抱かせるのではないでしょうか。7' 7"ともなると相当腕が長い印象を受けるはずです。ジマーマンのプレーする姿をみて、NBAのCとして特別腕が長いという印象を受けるでしょうか?Kは、長いっちゃ長いかな、とは思いますが明らかに桁外れのウィングスパンという印象は全く受けません。なぜ腕が長いように見えないか、当然ながら、実際にそこまで腕が長くないからです。ジマーマンの身体測定値は2016年のNBA Draft Combineを基準にすると身長が6' 11.75、ウィングスパンが7' 3.25、スタンディングリーチが9' 0.25"で、平均的なCと比べて特別サイズがあるわけではないのです。常識的な、よく見るサイズのCです。7フッターでウィングスパンが7' 7"に達する選手と言えばハッサン・ホワイトサイドで、NBAでおそらく最もウィングスパンがあるルディ・ゴベールが7' 8.5"。ウィングスパンの大きさで受ける印象が強いであろうビッグマンを他に挙げると、アンドレ・ドラモンドが7' 6.25"、アンソニー・デイビスが7' 5.5"、ダマーカス・カズンズが7' 5.75"、デアンドレ・ジョーダンが7' 6"といったところです。こうした数字を見ればいかに7' 7"というのが常識はずれの異常な数値かよく解ると思いますし、そして見た目にそのような印象を与えないジマーマンという選手に似つかわしくない、目にした瞬間「んなアホな!!」とKが思ってしまう数値であることもご理解いただけるでしょう。

そんなにあれこれWikipediaをあら捜ししたわけではありませんが、他の選手でも同様の事態になっています。前回の記事でちょこっと名前を出したアンテ・ジジッチという選手の項目があり、この選手のウィングスパンは7' 6"と記載されています。ヨーロッパの選手については、合衆国のように身体測定をする機会が多くないのでそもそも身体測定値のソースがないことも多いのですが、ジジッチの場合は2016年のEUROCAMPでの7' 2.5"というソースがあります。また、キャブスのサイトの10 Facts and Stats About Ante Zizicというページではウィングスパンについて7' 3"という記述があります。この選手のウィングスパンも、我々のよく知る7フッターのCの常識的な範囲に収まるものであるということになるでしょう。7' 6"というのは明らかに実態からかけ離れた数値です。

ジマーマンもジジッチも、英語版のWikipediaのページにはウィングスパンについて記載がありません。また、どう検索しても彼らのウィングスパンが7' 7"だとか7' 6"だとかという説の根拠になるようなものを見つけることができませんでした。現に、日本語版Wikipediaにはこれらの数字のソースは示されていません。どちらの項目もエリクセンという人が作成し、この人だけが更新しています。Kはこのエリクセン氏が捏造した数値であると考えています。

身体測定値は大変明快な数値である一方、ソースによってばらつきがあります。調べてみて様々な数値が出てくるときは、基本的にはNBA Draft Combineのデータを参照すべきです。多数のドラフト候補が参加し、同一の測定方法で測られるため公正な比較が可能です。またstats.nba.comに掲載され、公式データとして参照できます。NBA Draft Combineに参加していない選手に関しては、測定された機会が明確な公式の公開情報(先述のAdidas EUROCAMPやNike Skills Academyなど)に依拠すべきでしょう。

選手のウィングスパンを調べたければ、「選手名 wingspan」で英語で検索すれば事足ります。データが存在すればすぐに見つかりますし、データがない、信用できそうなデータがないというときでも、「この選手のウィングスパンについて信頼できるソースがないな」ということはすぐにわかります。数分かければ目処がつくことです。Wikipediaの執筆者は、信頼できるソースがあればそれを根拠にして書けばいいし、ソースがなければ書かなければいいのです。調べる時間・体力がないなら、そのときも書かなくていいのです。しかし、調べもせずいい加減な数字をでっち上げる、ましてNBAの常識的な知識があるなら明らかに異常と分かる数字を創作するのは馬鹿馬鹿しい行為です。そのような情報は間違っており、無用かつ有害であり、無い方がはるかにマシです。マイナーな選手の項目があるのは大変良いことですが、日本語版Wikipediaの執筆者はこのような間違ったデータは削除するか、正当な根拠があるならそれを注で示すべきでしょう。身長体重は各チームの公式サイトに記載があるので間違いようがありませんが、ウィングスパンはそうではないので、日本のNBAファンがこういった間違った(日本語版にしか存在しない)数字をWikipediaで知ってそれを信じてしまうようなことにならないようにしてほしいところです。現状では、日本のNBAファンは日本語版Wikipediaに記載された選手のウィングスパンの数値を信用してはいけません。

(10/11 23:55追記)

エリクセン氏の作成した項目には常にウィングスパンの記載がありますが、ほぼ全てで数値が間違っています。何故かたまーに当たっているのもありますが(ルーク・ケナード)、当てずっぽうとしかいいようのない数値ばかりです。ケナードは多分まぐれ当たりでしょう。特にひどいのがディロン・ブルックスで、ウィングスパンを6' 11"と書いていますが実際は6' 6"しかありません。この選手はドラフト絡みで言うと、ウィングスパンがこのポジションの選手として小さすぎることでむしろ有名なぐらいで、この選手の弱点を挙げる際はほとんどのスカウティングレポートが真っ先に腕の短さを挙げる程です(例えばnbadraft.net)。6' 11"というのはウィングとしては理想的とも言える大きさで、むしろ美点として高く評価されるサイズでしょう。全く実態からかけ離れたおかしな数字なのです。

とにかく、ひどい。「でっちあげ」「捏造」というマイナスの言葉で表現するにしてもまだ足りない、度を超えてひどいとしか言いようがありません。憶測で書くぐらいなら書かないほうが絶対マシです。「憶測でものを書くな」はWikipediaの基本的な方針でしょう。書くのであればきちんとソースを示すべきです。日本語の項目を作ってくれる事自体は非常に良いこと、ありがたいことですが、しかしこのような捏造までする必要性がどこにあるのか、全く理解できません。ウィングスパンは大事な要素であるだけに、甚だしく間違った情報を載せることは読者に重大な誤解をさせることになり、それははっきりと有害であると言い切れます。とにかく、でっち上げるぐらいなら何も書くべきではありません。本文で取り上げたジマーマンとジジッチに関してはこのブログの読者と思われるHITNOMという利用者が修正してくれてますが、その都度個別に修正しても根本的な解決にはならないので、できるなら、この記事のURLを示すなどして、エリクセン氏に直接ウィングスパンの記載をやめる・削除する・書くならちゃんと調べてソースを示すように伝達していただければ非常にありがたいです。

この問題はエリクセン氏に限りません。例えばカイリー・アービングの項目ではウィングスパンは6' 6"と記載されています。これには変遷があるようで、2015年3月27日 (金) 08:35 HITNOMの投稿まではウィングスパンの記載がありませんでしたが、2015年3月28日 (土) 11:15 ソメイヨシノの投稿で6' 9"という記載が加わります。これが、2015年6月13日 (土) 05:38 Teammoneyの投稿で6' 6"に修正されており、これが現在まで続いているようです。しかし、いずれも論拠は示されていません。アービングに関してはNBA Draft Combineでの測定という強固なソースがあり、ここでは6' 4"と測定されています。DraftExpressにはその他の機会での測定結果もありますが、いずれもほぼ同じ数値です。6' 6"とか6' 9"という数字には根拠はありませんし、信頼できる公式の公開情報はそれらが間違ったものであることを示しています。過去に何十回と更新されたであろう、これほどの人気・有名選手の項目ですらこんな具合です。他の言語ではそもそもウィングスパンの表記がされてない場合がほとんどだと思います。身長・体重は各チームの公式サイトに記載がありますが、ウィングスパンはそうではありません。NBAのオフィシャルの測定は、NBA Draft Combineのものしかなく、全ての選手について揃っているわけではありません。日本語版WikipediaNBA関係の執筆者たちは、そもそもウィングスパンを書くこと自体やめたらどうでしょうか。あまりにもいい加減な数字を創作するよりも、そうした方が害がないだけ良いはずです。

(10/13 08:00追記)

エリクセン氏、自供する。繰り返しになりますが、身体測定値に対してソースを示さないことはエリクセン氏だけに限った問題ではなく、日本語版WikipediaNBA関係の執筆者全体に通底する問題であるように思われます。書くなら調べる、調べないなら書かない、ということをコミュニティ全体で再確認したほうがいいのではないでしょうか(Wikipediaにどんなコミュニティ機能があるのか、それがちゃんと機能しているかは分かりませんが)。他の分野と違い、絶版古書をほじくり返さないと目的の情報が得られないということなどなく、検索一発ですぐ分かることなんですから。ウィングスパンはソースがあったりなかったり、ソースがバラバラだったり、ソースが信頼できないものも散見されたりするので、そもそも書かないというのが最も確実だと個人的には思いますが、どういう方針にするかは内部の人たちが議論して決めるべきでしょう。

今年のGMアンケート

NBA.comに今年のやつが出ていた。目についた項目について感想。

今日から新しいチームを始めるとして誰でも一人選手を選べるとしたら誰にするか、という項目で今年も一番人気なのがカール=アンソニー・タウンズ。去年よりも票が集まってませんが、まだ若くしてあれだけの実績をあげている、しかもまだキャリア2年で長期に渡ってキープできるので、やはり長期的にチームの中心に据えられるということで人気があるのでしょう。多様なスキルがあって現代的なビッグマンとしてすでに完璧な能力を持っていて、今後バスケのあり方がどう変わろうとも対応していけそうなので、チームを作る側からみて一番欲しいというのはわかりやすい。2位がヤニス・アデトクンポでレブロンよりも上。全体としてすごく点が取れるとかゲームメイクがすごいとかではなく、あらゆる面でハイレベルなバーサタイルプレーヤーが票を集めています。更に言えば票がバラけた上でウィングの選手が票全体の65%ぐらいを占めていて、ウェストブルックやハーデンに票が入っていないことやガードではカリーがおそらく1票得ただけということも含めて、現代のバスケがどういうものか、今後どのようになっていくかについてのGMたちの展望が反映されている項目と言えるのではないかと思います。PGが主役という雰囲気が今はまだ強いと思われますが、ウィングの質がチームの質を決める時代になりつつように思います。個人的には1ガード3ウィング1ビッグが今後主流の編成になっていく、アデトクンポのようなトップレベルのボールハンドリングとパス技術のあるウィングがいる場合は4ウィング1ビッグのような編成になっても全く不思議ではないと考えています。気が向いたらまた別に書きます。

どのチームがオフシーズンの最も良い動きをしたか、という項目で2位がセルティックスでキャブスが入ってないのですが、これってあのトレードはセルティックス有利のトレードだったという認識のされ方をしているということだろうか。まあ他にもドラフトとかFAとかその他のトレードとかひっくるめての評価でしょうが、Kはどう考えてもキャブスがぶっちぎりで上手くやったと思ってるんですけども。アービング対トーマス+クロウダーでもキャブス有利だと思いますが、更にヨーロッパでかなり良いプレーをしていたジジッチとネッツの来年の1巡目指名権まである。来季のキャブスのロースターは年寄りが多いとは言え文句なしの実力者揃いでだいぶ凄まじいことになっている。キャブスは過小評価だと思うなあ。GM変わってどうかという感じでしたが、今年も東はキャブスが勝ち上がるでしょう。1位のサンダーはごもっともというところで、まずい長期契約をした選手の不良債権処理と、短期的な戦力の増強と、再来季以降のチーム構築の柔軟性の確保の三兎を追って成功させる。プレスティGMのあのトレードの上手さはなんだろう。個人的にはデマール・キャロルとラプターズのドラフト1巡目指名権を無から生み出したネッツのトレードはマジで錬金術だと思いました。キャロルは適切なチームでプレーすればリーグ最高峰の3&Dウィングだと思いますし、ネッツはその適切なチームだと思います。

誰が最も過小評価された新戦力か、という項目は毎年面白いが、NBAの経験のない新人にも関わらずキングスのボグダン・ボグダノヴィッチが入っているのが少し嬉しい。こういうところをちゃんと拾ってるのがこのアンケートの面白みですよ。テオドシッチじゃなくボグダノヴィッチに票が入るのがいいよねえ。ルディ・ゲイに2票ぐらい入っていますが、絶対プレーオフ出るチームに絶対プレーオフ出れない選手が加わって、セルフほこたて対決になっててエキサイティングです。スパーズの光の力とゲイの闇の力のせめぎ合い。中2力が上がって今年のスパーズはオタクにおすすめ。アンダーソンの腕も5メートルぐらい伸びるしジノビリも青魔法みたいなの使うしディアウさんも異世界でチートする予定。

誰が最もタフなプレーヤーか、という項目はそもそも「タフ」という概念が曖昧なせいかやたら票がバラけている。肉体的な意味でタフ(スティーブン・アダムスなど)、精神的にタフ(トニー・アレンあたり)、長く活躍し続けている(ジノビリ)とかいろんな解釈がありそうで実に答えにくそう。メンツを見れば確かに「タフだな」とは思うものの、項目としてぼんやりしすぎているのでそろそろやめたほうがいいのではないか。

以上。

プレータイムの多さが前十字靭帯(ACL)損傷を引き起こすわけではない

Orthopedics誌掲載のOkoroha他の論文。要約を更にざっくり要約して翻訳すると、

  • 前十字靭帯損傷(Anterior Cruciate Ligament Injury 以下ACL損傷)を負ったプレーヤーの、負傷した試合でのプレータイムは、そのシーズンの1試合あたりの平均プレータイムやキャリア全体の平均プレータイムよりも有意に少ない。
  • ACL損傷の3分の1はシーズンの最初の4分の1の期間(プレシーズンから11月末まで)に起こっている。
  • ACLを損傷した選手の95%はその次のシーズンに復帰している。
  • ACLを損傷した選手のうち、1-15位でドラフト指名された選手やスターターの選手はそうでない選手と比べて負傷後のシーズンに有意に多くのプレータイムを得た。
  • ACL損傷から復帰したプレーヤーは対称群と比較してPERが減少した。
  • 1試合あたりのプレータイムはACL損傷のリスクと関係ない。

ということです。サンプルは1984年から2015年までの間にACLを損傷したNBA選手83人。この中で新味のある知見は「ACL損傷のリスクはプレシーズン及びシーズン序盤の時期が高い」「1試合あたりのプレータイムはACL損傷のリスクと関係ない」の2点でしょうか。

バスケの下半身の動きには走る、跳ぶ、着地するを基本として様々ありますが、ACLへの負荷が最も大きいのは着地で、疲労しているときに変な着地の仕方をしたり、着地のときに膝が伸びていたりするとリスクが大きくなるようです(逆に膝を曲げた着地の仕方をするとリスクが減る)。

この論文では、1試合あたりのプレータイムがそのシーズンの平均やキャリア平均よりも多くなっているときにACL損傷を起こしやすいのではないかという仮定をしてそれを検証しています。結果は、試合中にACLを損傷した場合のその試合の平均プレータイムは17.1分で、そのシーズンの平均(23.5mpg)やキャリア平均(24.0mpg)と比べて少ないということなっています。いつもより多くのプレータイムを重ねて疲労が蓄積された試合終盤にACL損傷を起こすのではという想定で調査したようですが、実際のところ試合中にACLを損傷した選手42人のうち30人が1-3Qに負傷しており(71.4%)、4Q及びOTに負傷したのは12人(28.6%)と、試合中の疲労度とACL損傷の間には関係がないということができそうです。また、ACLを損傷したプレーヤーのそのシーズンの平均プレータイムは24.0mpg程度で特に多いというわけでもなく、ランダムに選ばれた似たようなプロフィールの対称群の選手は27.9mpgとむしろ多く、どうもプレータイムの多さとACL損傷には関係がないらしいということになります。更に、シーズン序盤とプレシーズンに多くACL損傷が起こることもわかり、試合の序盤で負傷するケースが多いこととも合わせて、コンディショニングがリスク要因になる可能性があることを示唆しています。

さて、どんなもんでしょ。まずはっきり言えるのは「ACL損傷だけが怪我ではない」ということです。ACL損傷は怪我の中でも最も怖い、プレーヤーのキャリアを(そしてそのプレーヤーに頼っているチームの戦略を)台無しにしかねないものです。しかし、それがプレータイムとは関係なく起こるならじゃあ山程プレーさせとこか、という話にはならないでしょう。例えば2016年のTalukder他の論文では、データ解析によって試合中の怪我の高精度な予測が可能なモデルを発表しており、このモデルではリスクが高い上位20%のプレーヤーに休養を与えることで試合中の怪我全体の60%を防ぐことができる可能性があるとし、適切なプレータイムの管理と休養が重要であることを示しています。また、平均プレータイム、平均FGA、走っているときの平均速度、平均走行距離、過去2週間の試合数の5つの要素はいずれも怪我のリスク高める事を発見しています。プレーヤーにより良い状態でより長くプレーしてもらうために、プレーヤーにプレータイムの管理と休息を与えていく事を重視する今の流れが止まることはないでしょう。

しかし、この論文で怖いのは、おおよそACL損傷が起こるか起こらないかは運次第ではないかと思われるところです。コンディショニングがリスク要因になるかも、とは言うもののじゃあ具体的にそれってどういうことなの、ということは分かりません。また、ジャンプの着地の際に適切なやり方をすることでリスクは減らせると言うものの、ハードな試合中にそれを常に行うことは難しい、否応なくバランスを崩してしまうことはままあるので、どうにも一定以上の予防は難しいのではないかと思われます。ACL損傷は致命的な怪我であるため予防が可能なら大変よろしいですが、着地の際に膝のクッションをちゃんと使うことを意識する、という以外には打つ手なしでしょうか。

イップスについて

このブログでESPNのトム・ハーバーストロウ記者による、フリースローイップスについての記事を二度紹介しました。ビッグマンに極端にFT%が悪い選手が多いことについて、これまで通説的だった「手が大きすぎて相対的にボールが小さいため、ピンポン玉を投げるようなものでコントロールが難しい」という説や練習不足だからとする説を妥当な根拠に基づいて否定し、これはイップスでありメンタル的な問題だと言う見方を示しました。また、レブロン・ジェームズの昨シーズンのFTの不調について、これによって単にFTによる得点力が落ちるだけでなく、重要な場面でのFTを恐れるあまりリムを攻めるプレーができなくなっていることを指摘し、FTのイップスがそれ以外のプレーにまで悪影響を与えることを示しました。NBAの第一線でプレーしているようなプレーヤーなのにFTをまともに決められる技術がない、その上練習もしていないなどというのは到底考えられないことで、50%前後からそれを切るようなレベルのFTシューターや本来あり得べきFT%よりも不自然に確率を落としているプレーヤーは、程度の差こそあれイップスであると考えるのが妥当ではないかと思います。また、シーズンが終わってから言えることですが、昨シーズンNBAがゲーム終盤でのハック戦術を減らすことを目的とするルール変更を行ったのに対し、ハックの餌食になる選手として定番とも言えるドワイト・ハワードデアンドレ・ジョーダンアンドレ・ドラモンド、更に彼ら以上にFT%が低かったクリント・カペラといった選手たちの100ポゼッションあたりのFTAが大幅に減るとともにFT%もその前のシーズンと比べて目立って向上しています。プレッシャーのよりかかる場面での、それもプレーヤーの弱点を露骨に突くような戦術よってももたらされるFTAが減ったことによってFT%が向上しているという事実は、FTがプレーヤーのメンタルに大幅に左右されるプレーであるということを示す証拠になるものだと思います。

練習もしっかりしてて練習ではよく入るのに試合では如実にFT%が落ちてしまうというような場合、問題は技術ではなくメンタル面にあり、イップスと認識すべきケースがある、ということは広く知られるべきではないかと思います。遠いNBAの話だけではなく、Bリーグやアマチュアレベルでもある話です。練習でも全く入らないという場合は単純に技術不足でしょうが、練習では入るのに試合では20%も30%も率を落としてしまうようなプレーヤーに対して更に練習させても改善には繋がらないでしょうし、そうやって過度にプレッシャーを掛けることによってむしろ状態を悪化させてしまう場合もあるでしょう。技術の問題とは考えず、メンタル面での問題をどう解決するかという観点から取り組んだほうがいいケースもあるということを、特にコーチする立場の人は頭に入れておくべきだと思います。

さて、なんでまた3度もイップスの話をしているかと言うと、ライターの菊池高弘氏による「イップスの深層」という、イップスに陥ったプロ野球選手に対するインタビュー連載が素晴らしく、これを紹介したかったからです。元日ハムの岩本選手に対するインタビューは完結しており、現在元阪神一二三選手へのインタビューの連載が続いているところです。岩本選手の発言からいくつか抜粋します。

 「自分の1球で、周りの選手たちの生活も変わります。その周りの選手たちの、家族の生活も変わります。見ているファンの人たちの気持ちも変わりますし、球団の人気も変わっていきます……そうやって考えれば考えるほど、神経質な人間ほど、なります。イップスは……」

「やっぱり、イップスになる一番の原因は『人の目』やと思うんです。周りにどう思われているか。それが気になって、ひどいときはキャッチボールから自分の体が操作不能になってしまう」

「止まったボールに力を与えるスポーツは、みんなイップスがあると思います。バレーボールやテニスのサーブ、サッカーのPK、ラグビープレースキック……。ゴルフなんて全部そうじゃないですか」

イップスの最大の敵は間(ま)ですから。内野手でも、捕ってから余裕があると考えてしまうでしょう。イップスの気(け)のある現役のショートと話したことがあるんです。『ええか、どんなに余裕があっても、捕ったらすぐに投げろ』って。これがイップス克服の一番の近道やぞと。ピッチャーなんて、間だらけじゃないですか。だから間をコントロールしなければならないんです」

「神経質な人ほど、なりますよね。『結果の先に何があるか?』といろいろ考えたときに、体が固まってしまうんです」

「相手に悟られるということは綻(ほころ)びですから、つけ込まれるんです。相手ベンチからの『お前ストライク入るの?』という一言が、大きな刃物に思えてくる。でも、僕はイップスの選手に言ったことがあります。『お前、公言したほうがラクやねんで。一回の恥は一生の得や』と。普通は周囲がイップスの選手に気を遣って何も言わないんやけど、本人が周りから気を遣われていることがわかると、余計に萎縮するものなんです。大半の経験者は言いますよ。『みんなに知ってもらったほうがラクだ』って」

「(イップスという言葉が)広まり過ぎている感じはしますけど、今はみんな日常でも冗談交じりに使っているじゃないですか。暴投を投げて『うわっ、イプってもうた』とか。僕はいっそのこと、広まったほうがいいのかもしれないなと思いますよ。たとえ強い人間に見えても、どこか弱さもあるし、それを隠しているだけだと思う。そんな人もひとりの生身の人間なんですから」

岩本選手がイップスを克服していく描写は素朴な感動があるもので、ぜひ全文読んでほしいところです。経験者が語る内容はやはり説得力があります。岩本選手の考えるイップスが起こる条件は「神経質で周りにどう思われているかが気になる人ほどイップスになりやすい」「プレーのときに考える時間があるとイップスが起こる」ということになるでしょう。ハーバーストロウの記事を読んでいる人であれば岩本選手の語っている内容をすんなり理解できると思います。ハーバーストロウの「イップスは、正確さを要求される仕事に直面し、それに失敗するリスクを意識するときに起こる」という説明のほうがより一般性がありますが、「止まったボールに力を与えるスポーツは、みんなイップスがあると思います」という岩本選手の理解は、バスケにおいてFTが他のプレーとは異質なプレーであることの端的な説明になるものです。バスケは常にプレーヤーとボールが動き、状況の変化が複雑かつ早いため、「考える間がある」「止まったボールに力を加える」プレーをする機会は殆どありません。それ故に通常のプレーにおいてイップスが発生しうるようなプレーが存在しないため、バスケとイップスは縁遠いものになります。バスケにおいて「考える間がある」「止まったボールに力を加える」があるプレーはインバウンドパスとFTに限られますが、インバウンドパスは全く精神的プレッシャーのないプレーか、ディフェンダーに妨害されパスする相手が流動的な実際のところ反射的な状況判断を必要とされるプレーです。結局のところ、野球の投手がピッチングをするように、ゴルフ選手がボールを打つように、テニス選手がサーブをするように、妨害されることなく固定された一定の目標に正確にボールを打ち込むプレー、それもそのプレーのためにじっくり考える時間のあるプレーとなると、バスケにおいてFTしかないわけです。故にFTにはイップスが起こりうるわけですが、バスケはそもそもイップスに縁遠いスポーツであるため、FTとイップスが結びつきにくい状況だったのかもしれませんし、そのために手がでかいから論や練習不足論などの見当違いの議論が幅を利かせてきたのかもしれません。

イップスは医学的には職業性ジストニアと言うらしく、スポーツのみならず楽器演奏や速記、タイピングなどでも起こるようです。同じ動きを過剰に反復することによって筋肉が異常な反応を起こすことを言うようです。日経のこの記事によれば、これを「練習不足によるもの」と考えて更に無理な練習をすることで症状が悪化することもあり、イップスになった場合は悪化する前に演奏(プレー)を休む期間を設けるべきということです。イップスはメンタル面だけでは説明できず、同じ動きを反復することで脳の情報伝達が上手くいかなくなる脳の機能障害という説明も必要になるようですが、なんにせよ原因も完全な治療法もまだ不明です。NBAにはビッグマンに分類される選手以外にもFTイップスが疑われる選手はいます(パッと思いつくところではレイジョン・ロンドアンドレ・ロバーソンあたり)。しかしながら、同じ動きの反復がイップスにつながるならば他のポジションも同じぐらいの比率でイップスの選手がいてもおかしくないはずですが、イップスが疑われる選手の比率は他のポジションに対してビッグマンがかなり高いことは確かです。NBAのCを務められるほど身長の高い人間はそもそも母数が少なくFTが下手でも生き残れてしまうこと、そのサイズゆえまずゴール下でのプレーを教え込まれシュートレンジの拡大は後回しにされがちなこと、そしてFTが下手なまま成長しその弱点を冷やかされるなどしてストレスを抱えがちになることなどがビッグマンにFTイップスが多いことの説明になるかもしれませんが、なるべく多くのビッグマンに成長過程とFTについてインタビューをしないことには実際のところどうなのか分かりません。なんにせよ、FTイップスが疑われる選手に対して過度にプレッシャーをかけたり、不必要に多い練習を強要するような風潮はなくなるべきだと思います。