だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

デリック・ホワイトとジャロン・ブロッサムゲーム

デリック・ホワイト

ビュフォードGMがホワイトのことを「単にステップアップしてきたのではない、食物連鎖を駆け上がるように勝ち上がってきたのだ(He’s not only stepped up, but excelled as he’s moved up the food chain.)」と評していますが、驚くべきストーリーを持ったプレーヤーです。

ホワイトの辿ってきた道についてYahoo Sportsのジェフ・アイゼンバーグ記者の記事が最もよくまとまっていると思います。ホワイトは高校時代に全く無名で大学からのオファーがなかったようです。そこで父親のリチャードがホワイトのプレーをまとめたDVDを作り多数の大学にそれを送って関心を持ってもらおうとしたものの、身長6'0"体重150lbsしかかったために殆どの大学に「小さすぎて通用しない」と断られました。唯一高校時代からホワイトに積極的に関心を持っていたのがNAIA所属の料理学校で、ホワイトは料理人になることに全く関心がなかったのでこの誘いは断っていました。結局、様々な大学にアピールしたものの奨学金付きのオファーがあったのはワイオミング州の短期大学1校のみ。ところが、ホワイトを勧誘していた料理学校のコーチがNCAA Division2所属のコロラド大学コロラドスプリングス校(UCCS)のコーチに就任したことから同校から奨学金付き(全額ではなく一部支給)のオファーを受けられることになり、UCCSに進学できることになりました。つまり実質的にはNCAA Division2の大学からすらオファーを受けることはなく、UCCSに入れたのもほとんど運が良かっただけということになります。しかしまた幸運にもその後急激に身長が伸び、UCCSで成長を続け3年時にはNCAA Division2のオールアメリカンサードチームに選ばれています。ファーストチームですらないというのは驚きですが、このあとNCAA Division1のコロラド大学ボルダー校へ転校、NCAAの移籍ルールに基づき1年のレッドシャツを経て、1年だけの挑戦でオールPac-12ファーストチーム、Pac-12オールディフェンシブチーム選出という結果を残し、NBA Draft Combineで素晴らしい身体能力値を記録し、5 on 5でも最高レベルパフォーマンスを見せることで急激に評価を上げ、最終的にスパーズに1巡目指名を受けるところまで上り詰めました。まさに食物連鎖を駆け上がるようにしてNBAプレーヤーに成り上がったと言えます。しかし、この成り上がりの第一歩は「ホワイトを評価していた唯一の人物がタイミングよくUCCSのコーチになったこと」であり、本当に運が良かったとしか言いようがありません。また、コロラド大HCのタッド・ボイルがカンザス大でプレーしていたときにカンザス大のACを務めていたのがビュフォードで(HCはラリー・ブラウン。アルヴィン・ジェントリーもACをしていたようです。すごいメンツだ)、このときの繋がりもあってドラフト前にビュフォードがボイルとホワイトについて話し合い、それが指名に影響したようです。なんと人に恵まれた人生だろうか。

重要なのは、この選手が殆どゼロの状態からドラフト1巡目指名選手へと5年で急激に成長したことで、この成長力はこれからもおそらく続くだろうと思われることです。経歴自体が成長余地と高い向上意欲を示すものと言えると思います。諸々のスカウティングレポートが弱点として「それほど優れたクイックネスはない」事を挙げていますが、ドラフトコンバインの数字を見る限りでは身体能力自体はかなり高く、ボールハンドリングの改善やディフェンス技術の向上、経験によってまだまだ向上するのではないかと思います。

ホワイトに関する記事で他に良いものがいくつかあります。まずはThe Ringerのジョナサン・チャーク記者のスカウティングレポートで、ホワイトのスカウティングレポートの中でもかなり質の良いものです。NBA.comのクリス・ドーチ記者の記事ではボイルがホワイトについて存分に語っています。ボイルがウィングだったホワイトをPGとして着実に鍛え上げたことでホワイトの能力的限界を押し広げ、今ドラフトでもトップレベルの万能型プレーヤーへと成長させたことは間違いないでしょう。The Denver Postのキャメロン・ウルフ記者の記事はホワイトのコーチたちや友人たちからのホワイトへの見方が伝わる、地元紙でしか書けない良い記事です。ホワイトが3年間を過ごしたコロラドスプリングスの地元紙Colorado Springs Gazetteのポール・クリー(画家のパウル・クレーと同じ綴だ)記者の記事は、UCCS時代のホワイトのことも忘れないでくれよ、という地元紙記者の熱のこもった良い記事。同記者はナゲッツが24位でホワイトを指名しなかったことを批判する記事も書いています。生まれも育ちもコロラドのスター候補となるとそれこそチャウンシー・ビラップス以来、しかもナゲッツのPGはやや将来が不透明なポジション、しかもおらがまちでステップアップした、UCCS初のNBA選手がナゲッツNBAプレーヤーになってくれるとしたらストーリーとしては完璧です。怒る気持ちも分かる。

(7/3 18:10 追記)

Spurs.comのローン・チャンの記事が大変良い出来ですのでこちらも読まれたし。

ジャロン・ブロッサムゲーム

驚異的な身体能力を持った選手ですが、意外というべきかかなりの大怪我を乗り越えてきたようです。myAJC.comのキャロル・ロジャース・ウォルトン記者の記事がブロッサムゲームの障害を乗り越えるプロセスを丁寧に描いています。ブロッサムゲームは2012年にクレムソン大学に入学する予定だったようですが、その年の4月に練習中にダンク後の着地で左足を骨折、骨が突き出るほどの大怪我で最初のシーズンはレッドシャツで過ごすことになり、更に翌年6月には回復を早めるために尻の骨の骨髄を移植する再手術を行い、骨折から復帰まで1年半ほどかかったようです。更にフレッシュマンシーズンの最後には、軽いものではあるもののまた左足を骨折。読んでて嫌になりますが、これほどの怪我を乗り越えてNBAに手がかかるところまで来たその精神力はすごいです。「チタンロッドで補強したからもう骨折の心配はない」「骨折前よりアスレチックになった」と語っていますが、実際ゴリゴリにアスレチックなプレーをしていて、よく怖くないなあと思ってしまいます。こうした状況で自分をサポートしてくれた周囲の人々に対する感謝の念は非常に強く、昨年のドラフトでエントリーを取り下げて大学に戻ったのはそうした周囲の人々へ恩返しの気持ちもある程度あったのではないかと思います。ちなみに、nbadraft.netの昔のモックでは「去年クリッパーズが25位で指名を確約していたという噂があったのにエントリーを取り下げた」と書かれていますが、流石にこれは間違いでしょう。当時のコーチのコメントを読むに、1巡目で指名されたかったけど、ドラフトコンバインやワークアウトからその手応えを得られなかったから戻ってきたというのが一番大きい理由でしょう。

これ以外ではHoopsHypeのアレックス・ケネディ記者の記事がかなり質の良いものだと思います。ブロッサムゲームがどれほど練習熱心で人間的に優れているかということをチームメイトが語っているのを読むと、これならスパーズで大丈夫だな、と安心します。ボランティア活動にも非常に熱心だったらしく、いい話が書かれています。また、このインタビューではクワイ・レナードと自分を比べていると語っています。サイズ的に似通っていることや、シューティングが下手な選手だったレナードがNBAトップレベルのシューターにまでなったことなどが自分に重なるようです。トーリーン・プリンスも「デマール・キャロルに近い」と言われるたびに「モデルにしているのはレナード」と答えていましたが、最近ウィングでレナードを目標にしている選手が増えてきているような気がします。プリンスはサンアントニオ出身なので余計にというところもあるでしょうが、レナードのこの「俺に似ている」と思わせる力はなんでしょうか。高校時代からトップエリートだったわけではなく、ディフェンス専門のロールプレーヤーから地道な努力で着実にNBAのトップまで上り詰めている感じが努力型のプレーヤーの共感を呼ぶのでしょうか。「誰もがレブロンにはなれない」とみんなが思う一方で「レナードにならなれるかも」と思われるのは、後の世代にいい影響を与えているのだと思います。サンアントニオ出身のプリンスがホークスに指名され、アトランタ出身のブロッサムゲームがスパーズに指名される、同世代の比較的似たタイプのフィジカルなウィングがクロスするのもなかなか乙ですね。

しかし、ブロッサムゲームも背番号5かあ。スパーズはほぼ毎シーズン誰かが5番つけてますが、ここ数年は渋滞に近い状態ですね。ジョセフが5番を4年つけてる間に大学まで5番をつけていたアンダーソンが入ってきて1番に変えて、ジョセフがいなくなったら今度マレーが5番つけて、更にブロッサムゲームがかぶりますよ。サマーリーグでは15番をつけているようですが、え、まさかと思うけど欠番にしないの……?