だいたいNBA

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プレータイムの多さが前十字靭帯(ACL)損傷を引き起こすわけではない

Orthopedics誌掲載のOkoroha他の論文。要約を更にざっくり要約して翻訳すると、

  • 前十字靭帯損傷(Anterior Cruciate Ligament Injury 以下ACL損傷)を負ったプレーヤーの、負傷した試合でのプレータイムは、そのシーズンの1試合あたりの平均プレータイムやキャリア全体の平均プレータイムよりも有意に少ない。
  • ACL損傷の3分の1はシーズンの最初の4分の1の期間(プレシーズンから11月末まで)に起こっている。
  • ACLを損傷した選手の95%はその次のシーズンに復帰している。
  • ACLを損傷した選手のうち、1-15位でドラフト指名された選手やスターターの選手はそうでない選手と比べて負傷後のシーズンに有意に多くのプレータイムを得た。
  • ACL損傷から復帰したプレーヤーは対称群と比較してPERが減少した。
  • 1試合あたりのプレータイムはACL損傷のリスクと関係ない。

ということです。サンプルは1984年から2015年までの間にACLを損傷したNBA選手83人。この中で新味のある知見は「ACL損傷のリスクはプレシーズン及びシーズン序盤の時期が高い」「1試合あたりのプレータイムはACL損傷のリスクと関係ない」の2点でしょうか。

バスケの下半身の動きには走る、跳ぶ、着地するを基本として様々ありますが、ACLへの負荷が最も大きいのは着地で、疲労しているときに変な着地の仕方をしたり、着地のときに膝が伸びていたりするとリスクが大きくなるようです(逆に膝を曲げた着地の仕方をするとリスクが減る)。

この論文では、1試合あたりのプレータイムがそのシーズンの平均やキャリア平均よりも多くなっているときにACL損傷を起こしやすいのではないかという仮定をしてそれを検証しています。結果は、試合中にACLを損傷した場合のその試合の平均プレータイムは17.1分で、そのシーズンの平均(23.5mpg)やキャリア平均(24.0mpg)と比べて少ないということなっています。いつもより多くのプレータイムを重ねて疲労が蓄積された試合終盤にACL損傷を起こすのではという想定で調査したようですが、実際のところ試合中にACLを損傷した選手42人のうち30人が1-3Qに負傷しており(71.4%)、4Q及びOTに負傷したのは12人(28.6%)と、試合中の疲労度とACL損傷の間には関係がないということができそうです。また、ACLを損傷したプレーヤーのそのシーズンの平均プレータイムは24.0mpg程度で特に多いというわけでもなく、ランダムに選ばれた似たようなプロフィールの対称群の選手は27.9mpgとむしろ多く、どうもプレータイムの多さとACL損傷には関係がないらしいということになります。更に、シーズン序盤とプレシーズンに多くACL損傷が起こることもわかり、試合の序盤で負傷するケースが多いこととも合わせて、コンディショニングがリスク要因になる可能性があることを示唆しています。

さて、どんなもんでしょ。まずはっきり言えるのは「ACL損傷だけが怪我ではない」ということです。ACL損傷は怪我の中でも最も怖い、プレーヤーのキャリアを(そしてそのプレーヤーに頼っているチームの戦略を)台無しにしかねないものです。しかし、それがプレータイムとは関係なく起こるならじゃあ山程プレーさせとこか、という話にはならないでしょう。例えば2016年のTalukder他の論文では、データ解析によって試合中の怪我の高精度な予測が可能なモデルを発表しており、このモデルではリスクが高い上位20%のプレーヤーに休養を与えることで試合中の怪我全体の60%を防ぐことができる可能性があるとし、適切なプレータイムの管理と休養が重要であることを示しています。また、平均プレータイム、平均FGA、走っているときの平均速度、平均走行距離、過去2週間の試合数の5つの要素はいずれも怪我のリスク高める事を発見しています。プレーヤーにより良い状態でより長くプレーしてもらうために、プレーヤーにプレータイムの管理と休息を与えていく事を重視する今の流れが止まることはないでしょう。

しかし、この論文で怖いのは、おおよそACL損傷が起こるか起こらないかは運次第ではないかと思われるところです。コンディショニングがリスク要因になるかも、とは言うもののじゃあ具体的にそれってどういうことなの、ということは分かりません。また、ジャンプの着地の際に適切なやり方をすることでリスクは減らせると言うものの、ハードな試合中にそれを常に行うことは難しい、否応なくバランスを崩してしまうことはままあるので、どうにも一定以上の予防は難しいのではないかと思われます。ACL損傷は致命的な怪我であるため予防が可能なら大変よろしいですが、着地の際に膝のクッションをちゃんと使うことを意識する、という以外には打つ手なしでしょうか。