だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

impressiveを「感銘的」と訳すこと

バスケの話でなくてあれですが。先月にFull-countという野球専門のニュースサイトに以下の内容のメールを送りました。

大谷翔平、3度目先発の相手は強豪Rソックスに 地元紙は争奪戦の“裏話”紹介」の記事の中で「感銘的」という形容詞が出てきます。
https://full-count.jp/2018/04/16/post121449/

元になったボストン・ヘラルドの記事を当たるとこれがimpressiveの訳語であることがわかります。
http://www.bostonherald.com/sports/red_sox/2018/04/red_sox_took_their_shot_with_shoehei_ohtani

この記事のみならず、他の記事でもこの「感銘的」という語がよく出てきますが、感銘的などという日本語はありません。「感銘」という単語を使うのであれば普通「感銘を受ける」という用法をするはずです。
impressiveは「ポジティブな印象を与えるようなもの / 強い印象を与えるようなもの」を修飾する語で、何かを褒める・良い評価をするようなときなどに頻用する口語です。我々日本人が何かをほめたり良い評価をするときに、「感銘的だ」などと言いますか?そもそも、「感銘的」などという言葉を口から外に出したことのある日本人など皆無ではありませんか?「感銘を受ける」ですら滅多に使わないのではありませんか?アメリカ人が頻用する口語を翻訳するときは、日本人が頻用する口語でもってするべきです。素晴らしい、優れた、印象的な、すごい、こんなような語で十分でしょう。件の記事の文であれば「ほんとうに素晴らしかった」とでも訳せばいいでしょう。日本語に存在しない語をわざわざでっち上げて使う必要はありません。Full-countに限らず、何故か様々なスポーツメディアの翻訳記事で「感銘的」という語を近年良く目にします。誰が最初に使い始めたか知りませんが、いい加減やめるべきです。「不自然な、下手くそな日本語」という印象しか受けません。私だけではなく、ほとんどの日本人がそう感じているはずです。訳者は、翻訳スポーツメディアと関わりの薄い周囲の人間に「感銘的」という語が日本語として不自然かどうか聞いて回るべきでしょう。

 「我々日本人」とか主語がでかいのが恥ずかしいですが、言いたいことはこれが全てです。Kは日本人として平均的な英語力しかありませんが、オックスフォードケンブリッジロングマンウィクショナリー等々の英辞書の定義と理解は離れていないでしょう。アメリカ英語としてのimpressiveは強めの褒め言葉、というのはこの手のニュースを読む機会が多い人なら自然とわかってくることです。そんなことは訳者も分かっているはずで、問題は、なんでこんな変な日本語で訳すのか、普通に訳せばいいでしょということです。

言語は変化していくので、過去に常用された語も時代の流れでなくなったり変わったりしていくものです。新しい語も生まれます。個人的には「言葉の乱れ」をあげつらう立場を取るのは好きではありません。しかし、「感銘的」という語は特定のスポーツメディアでしか見かけず、社会においても全く定着していない語です。既存の、完璧に定着している自然な語で訳出できるものを、わざわざ全く不自然な造語を使う必要性がありません。

殆どの人は訳出された文章を原文と突き合わせたりしません。翻訳の上手さとは、結局日本語の上手さです。極端に言って、原文と全く趣旨の異なる訳をしても、日本語として全く自然な文章であれば読み手はそれを「上手い翻訳」と認識します(もちろん、まるででっち上げの「翻訳」などしてもわかる人にはすぐバレて問題になるので、そのようなことをしてはいけません)。だからこそ普通の自然な語を使って訳すべきでしょう。

また、ニュースの翻訳の場合は言葉の細かいニュアンスを訳し分けることに腐心する必要はないと考えます。「impressive」「great」「excellent」「terrific」「beautiful」「outstanding」「awesome」等、「強めの褒め言葉」で使われる形容詞はたくさんありますが、こういったものはその微妙なニュアンスの違いを気にせず、全部ひっくるめて「素晴らしい」とでも訳しておいて問題ないと思います。そもそも、それらの違いに対応するような常用の日本語のバリエーションはそれほど多くあるでしょうか、「素晴らしい」で全てのニュアンスを内包しているのではないでしょうか。そういった違いを訳し分けようと努力した結果、不自然で読みづらい日本語になってしまっては本末転倒でしょう。「どう訳し分けるか」という点に翻訳家の腕の見せ所があるのはわかりますが、翻訳家目線の訳の上手さと読者目線の訳の上手さは異なるので、その違いを忘れると翻訳家の一人相撲になってしまいます。文芸作品や、用語の正確性を問われるような専門的な分野の翻訳はともかく、普通のニュース記事で出てくる普通の語の翻訳は、文意を外さない限り些細なニュアンスは気にせず、読者目線で全く違和感のない自然な日本語での翻訳を目指すべきではないでしょうか。

このメールを送ったのは4月16日の夕方頃だったかと思いますが、yahooで「感銘的」でニュース検索すると、4月17日07:03配信のこの記事を最後に感銘的という訳語を使わなくなったようです。検索結果を見るとそれまでかなりの頻度でこの語を使っていたのが解ると思います。原文と突き合わせてないのでわかりませんが、impressiveは頻用される語ですし、この1ヶ月の間にホームランもかなりいいピッチングもあり、大谷上げのニュースの需要が極めて強いことを考えても、impressiveを訳す機会がなかったのではなく感銘的という語を使うのをやめたのだと思います。Full-count以外ではTHE ANSWERというサイトとFootball ZONEというサイトで特徴的に使われ、それ以外ではほぼ使われていない訳語です。Full-coutTHE ANSWERはともに株式会社Creative2というところが運営、Football ZONEはfangate株式会社というところが運営、ただしいずれも「広告管理:株式会社メディア・ヴァーグ」とあり、所在地も同じ「東京都目黒区上目黒5-8-8 リネアB」なので実質的に同じ会社なのでしょう。社員が翻訳業務をしていて、その中の特定の社員がこういう変な訳をしていたということだと思います。

今回はこのメディア・ヴァーグのimpressiveの変な訳についての狭い話でしたが、翻訳系のスポーツメディアはどこも訳の質、ひいては日本語の質が低いと感じます。yahooニュースにも配信していて目に触れる機会も多いのだから、汚い訳文を大量供給するのはわりと有害だと思います。自分たちで取材しているわけでもなく、アクセス稼ぎ出来そうな記事の翻訳を商売でしているのだから、金をもらうに値する水準の仕事をして欲しいと思います。Kもこのブログで必要に応じて訳出はしますが、他人をとやかく言えるような代物でもないので、他山の石としなければいけないことではあります(ビタイチ収入になりませんが)。