だいたいNBA

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NBAドラフトにおける高卒エントリー復活の方向性がほぼ確定

USA Todayのジェフ・ジルギット記者の記事。各メディアの取り上げ方を見ても、ほぼ確定情報と思われますが、まだ公式に決まったわけではありません。NBAとNBPAの要人が会合を行い、年齢制限の引き下げといわゆるOne-and-Doneルール(以下1&Dルール)を廃止する方向で大筋の話はまとまっているようです。実施されるのは2022年からになるようです。対立点になっているのは、ドラフト候補者の代理人が健康面での情報を隠すことなくNBA側に開示することや、選手をNBA Draft Combineへ参加させる権限をNBAに与えるようNBAが要求していることで、代理人側としては不利な情報を隠すことで指名順位を引き上げる戦略を取れなくなるため、NBPAはこの点でNBAに妥協しないよう代理人たちからプレッシャーをかけられているという話もESPNの報道で出ています。Kは以前から1&Dルールには反対の立場なので、非常に良い制度改善だと考えますし、代理人連中のやっていることは半分詐欺みたいなものなので、この点に関してはNBAの要求が通るべきでしょう。

さて、この記事だけでは「なぜ」今になって高卒エントリーを復活させるのか、その理由がわからないので解説を加えます。

ことの発端は2017年9月27日(現地時間)にFBIが明らかにした、大学・スポーツウェアメーカー(アディダス)・選手とその家族の三者が絡んだ不正リクルート事件です。この事件において、アディダスから回ってきた裏金がコーチや編成担当者を通じて選手とその家族に流れていました。つまり、NCAAが禁じている資金提供による有力選手のリクルートが多数の強豪校で行われていたことがわかったわけです。Wikipediaの記事に事実がよく集約されているのでそちらを参照されたし。ルイビル大のリック・ピティーノHCの解任、裏金を受け取ったブライアン・ボウエンの資格停止を筆頭に、コーチや編成担当者の解任や選手の資格停止、進学を決めていた有力選手の進学取りやめが相次ぎ、大学バスケ界は大きなダメージを受けました。率直に言って裏金自体はどこでもやってることだと思いますし、ナイキが絡む大学がやってないとは全く思いませんが、なんといってもピティーノという大物が関わっていたこと、複数の強豪校にまたがる規模の大きさ、関係者が多く起訴されていることなど、おそらく大学バスケ史上最大規模のスキャンダルではないかと思います。2013年のルイビル大のNCAAトーナメント優勝も取り消されましたが、こういったものもおそらく初めてのことではないでしょうか。

(19:00追記:NCAAトーナメント優勝取り消しは2015年のスキャンダルに基づく決定でした。失礼しました。)

NCAAのトップのマーク・エマートは大学バスケ界が危機的な状況にあると判断し、コンドリーザ・ライスを委員長とする調査委員会を設置しました。この委員会の最終レポートが2018年4月25日に発表され、このレポートにおいて、現在の大学バスケット界に起こっている問題(裏金のみならず、大学バスケ選手の卒業率の低さなども含めている)の構造的要因として、NBAの1&Dルールが存在することで、大きな金銭的価値を持つ有力選手が本人の意志に反して半強制的に大学に縛り付けられてしまうことを真っ先に挙げています。また、プロに進める能力がある選手がプロに行くことを制限すべきではない、それを制限して無給で大学に縛り付ける構造が裏金を生む、としてMLBドラフトルールのような「高卒でプロに進まず大学に進学する場合は、数年大学に在籍することを義務付ける」ルールにもすべきではない、としています。つまり、高卒以上であればどのタイミングでもドラフトエントリーを認めるようなルールにすべきだ、と提言しています。「なぜ」今になって高卒エントリーを復活させるのか、という問いの答えは、このレポートの影響力が非常に強いから、ということになります。NBAコミッショナーのアダム・シルバーは2017年のCBA交渉段階では1&D廃止の意志はなく、むしろ2&Dに伸ばすことを志向していたと考えられ、それを今になって180度変えるのはこのレポートが主要因としか考えられないからです。

このレポートは非常に重要で、今後のNCAAのバスケ政策はこのレポートの提言の方向性に沿って進むものになるでしょう。NCAANBAという関係では上記のとおりですが、それ以外にも様々な提言がなされています。ライス委員長の意見も含めて、大学バスケに関心のある人は読んだほうがいいと思います。このレポート、解説か翻訳を書いたほうがいいなと思っていましたが、結局モチベーションが死んでてやらずじまいでした。ちょっと無理してでもやっておくべきだった。

個人的な意見としては、大学スポーツ自体が巨大産業で、そこに大きなキャッシュフローが存在するから、全体から見れば端金の裏金を必要経費としてリクルートに使えてしまうだけで、1&Dルールがあろうが無かろうが、大学バスケに現在のような巨大なお金の流れが存在する以上は不正リクルートはなくならないだろうと思います。もっともスポーツウェアメーカーの立場から見れば、1&Dルールがあることで、NBAで活躍が見込めるトッププロスペクトが無給の学生でいるうちに、相対的に安めの裏金で予め縁を作って、事前にNBAでのエンドースメント契約の約束をそこでつけておくことで有力な広告媒体を確保できるわけですから(大学生でいる時でも一応広告としての価値はある)、1&Dルールをなくすことでこれらのインセンティブを消すことができ、不正リクルートをある程度抑えることができるのも確かでしょう。ただし、こういう裏金が高校生以下の世代にシフトしていくことになるだろうとも思います。

1&Dルールが何故できたか、シルバーやエマートやNBPAの考え方はどういうものか、1&Dルールがどれぐらい不合理か、ということについては以前詳細に論じたので、NBAドラフト制度や1&Dルールの問題点を基礎から理解したい人はそちらを読んでください。例えば、Yahoo!ニュース個人の菊池慶剛の記事では「元々NBAにはドラフト対象年齢は存在しなかった」とか「高卒有望選手たちが続々NBAに流出することを危惧した大学側に配慮するかたちで」19歳に引き上げたとか書いていますが、Kの書いたものを読めばこれらが間違いであることがわかります。そもそも、年齢制限と1&Dルール(高卒後1NBAシーズンが過ぎるまでNBAドラフトにエントリーできない)は、強く結びついているが別々のルールです。高卒エントリーができないのは年齢制限ではなく1&Dルールの問題で、年齢制限引き下げのニュースの本質は1&Dルール廃止です(それがないと年齢制限を下げても意味がない)。それが分かってないと「年齢制限が19歳に上げられたから高卒エントリーができなくなった(下がったから高卒エントリーできるようになる)」という間違った理解をすることになります。大元のUSA Todayの記者がちゃんとそれを分かっているか怪しい感もありますが。