だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

カーク・ゴールズベリーの"SprawlBall"

ESPNのカーク・ゴールズベリー記者による著書"SprawlBall: A Visual Tour of the New Era of the NBA"が先日発売されました。ゴールズベリーはGrantland出身のライターの中でも特に評価が高く、シューティングの成功率や得点期待値と頻度を合体させたマッピングで有名で、NBAのデータ分析分野では最も評価されている一人ではないかと思います。この本に対して多くのメディアが好意的に評価しており、これを題材とした記事や著者へのインタビューが各所でなされています。Kはまだ買ってませんが、おそらくディーン・オリバーの"Basketball on Paper"以降では最も影響力を持つ本になるのではないかと思います。

本書の一部がESPNに掲載されていますが、非常に面白い内容です。アナリティクスが好きな人もそうでない人も必読でしょう。現在のNBAは効率性の追求から極端に3P偏重になっており、それ以外のプレーが捨てられる結果としてオフェンスのバリエーションがなくなり退屈になっている、ではどうやって3P偏重を是正するか=リーグの平均3P%を減らすかについて、複数のアイデアを示しています。

最初にカスタムラインというやり方を提示しています。MLBでは球場の広さや形、フェンスの高さなど各自自由に定めており、フェンウェイパークのレフト側のいわゆるグリーンモンスターなど極端に個性的な設計も見られますが、このように各チームで自由にラインを設定するというものです。記事の画像を見るのが早いですが、例えばより長い距離の3Pの得意なウォリアーズは3Pラインをより大きく取ることで相手の3Pを殺すことができる、ジャズは3Pラインをなくしてしまえば効率的にオフェンスするためにリムにより近づこうとする相手に対してゴベールのディフェンス力で優位に立てる、などのやり方が可能になります。まあこれは極端で非現実的です。FIBAルールとの乖離が甚だしくなれば国際大会での競争力がなくなって将来的には合衆国が恥をかく機会が多くなるでしょう。またカスタムラインを前提としたチームづくりができるのでホームチームが極端に有利になり、プレーオフでホームコートアドバンテージを持つ側がほぼ確実に勝ち上がってしまうので、プレーオフをやる意味がほとんどなくなるでしょう。

NBAは試合を面白いものにするため、ルール改正に非常に積極的な組織です。ゴールテンディング・ヴァイオレーション、レーンの拡張、3Pの導入と、基本的にはビッグマンの支配力を減らしペリメータープレーヤーを相対的に有利にする方向で改正されてきました。1997年に3Pラインの拡張が行われ揺り戻しが起きましたが、シューティング技術の向上と効率性重視の流れは3P偏重を推し進め、ご存知の状況に至っています。ウィルト・チェンバレンの100点ゲームが再現されることはありえませんが、ジェームズ・ハーデンの50点ゲームは現実によく起こるのが現代のNBAです。3Pラインに対して何らかの改定が必要なのは間違いないでしょう。だいたいシュート1本あたり得点期待値が1になるためには3P%は.333、2P%は.500あたりになる必要があります。ゴールズベリーは3P%を.333に近づけるための方法として、統計的に.333になる距離にラインを引く方法と、コーナー3をなくす方法の2つを提示しています。前者はまさにゴールズベリーの真骨頂というところで、リングまでの距離が長くなるほど成功率が下がるのだからちょうど.333になるのはどの距離か、というのを2017-2018シーズンのデータから探り、25.773フィートからそれ以上の距離からの3Pすべての3P%が.333になると算出しています。今のアーチ部からリングまでの距離は23.75フィートなのでほぼ2フィート伸びるということになります。コーナー3は最短で22フィート、コートの幅は50フィートなのでこのラインであれば当然コーナー3はなくさなければなりませんが、この25.773フィートという数字はコーナー3が存在することを前提としてオフェンスをした上での数字なので、これは更に別の考察をする必要があります。コーナー3はすべてのジャンプシュートで最も効率の良いショットなのでできるだけたくさん打ちたいわけです。そのために両コーナーにシューターを固定する布陣が頻繁に見られるようになりますが、相手ディフェンスはコーナーにいるプレーヤーのマークを外せばその効率の良いシュートを打たせてしまうのでマークはなかなか外せない、となるとそういう布陣でオフェンスされると実質的に3 on 3をやってるのと同じことになります。これがオフェンスの流動性を下げ、NBAをつまらないものにしてしまう要因となります。ここでコーナー3の22フィートというボーナスをなくし、今のまま23.75フィートを全体に適用すれば、ほとんどスペースがなく3Pラインを踏んだりOut of Boundsをやらかしたりするリスクが高いコーナーでプレーする理由がなくなります。これによってコーナーにシューターを固定する戦術を取る理由がなくなるので、オフェンスの流動性が上がりダイナミズムが向上します。また、ディフェンス側でも3Pを警戒するエリアが従来のアーチ部からアーチを少し伸ばした程度のところまでに減ります。コーナー3があるためにアーチ部全体を3人のディフェンダーでカバーする必要があったのが、5人でカバーできるようになるのでオフェンス側は3PAのためのスペースが減り、コンテステッドショットが増え、3P%が下がると思われます。仮に25.773フィートに拡張するのであればディフェンスする必要のあるスペースがさらに大幅に減るので、3P%は.333よりもさらに下がるでしょう。個人的には3Pラインを伸ばすよりもまず23.75フィートの一律適用によってコーナー3の利点をなくしてみる、それでもなお3P%と2P%のeFG%が均衡しないならラインを伸ばすことを検討すれば良いのではないかと思います。

もう一つ強烈なアイデアとして、3PAに対してはゴールテンディングを認める、ということを提示しています。もしこれが認められるなら、ビッグマンはペリメーターに出張るよりもリム付近にポジションを取り続けて相手の3PAをリングの上で弾き続けるほうがディフェンスに貢献するようになるでしょう。オフェンス側のビッグマンはディフェンス側に仕事をさせないためにボックスアウトするのが重要な仕事になるかもしれません。また、相対的に2PAの価値も増え、特に確率が高くシューティングファールをを引き出しやすいリムに近いシュートの価値が上がるので、その面で有利なビッグマンの価値もまた上がるでしょう。small ballの時代にほとんど存在意義がなくなった古典的なビッグマンですが、これが認められれば復権するのではないでしょうか。実際これで3P%がどれぐらい減るかは全く想像もつきませんが。

現在のNBAは明らかに3Pに偏重しており、しかも20年以上改定されていない3Pラインのままでは偏重の度合いが高まることはあっても低くなることはありえないのが明白です。何らかの施策は必要と思いますが、その際にはゴールズベリーの提案は参照されるものになるでしょう。

これ以外には、FiveThirtyEightにもゴールズベリーの本の抜粋。マッピングの方法とそれが明らかにしたシューティングの効率性について。3Pとミッドレンジジャンパーで成功率がそれほど変わらない(ジャンプシュートの成功率は35〜45%の範囲に収まってしまう)のに価値は1.5倍も違うことがマッピングで一目瞭然になってしまった、これによってリーグ全体がダリル・モーレイ的なショットセレクションへ流れてしまうことになる。今のNBAの流れをゴールズベリーが加速させた面があるのは間違いないでしょう。Sports Illustratedにゴールズベリーのインタビュー。ゴールズベリーは3Pラインは必要だが、それが効率的すぎるためにポストアップやミッドレンジなどのオフェンスバリエーションを殺してしまっていることに対して否定的なのがわかります。彼の関心の中心は勝利への最短距離の追求ではなく、ゲームに多様性を取り戻す、そのためにいかにルールを作り直すか、ということにあるのがわかります。この点が他のアナリストとは異なる点でしょう。Washington Postにもゴールズベリーのインタビューがあります。2017−2018シーズンにスパーズで働いていましたが、その際にポポヴィッチ(3P大嫌い!)などのバスケットボール観と向き合ったことがこのスタンスに影響を与えているのではないかと思います。

(5/6 21:20 追記)

SAENのマイク・フィンガー記者の記事。ゴールズベリーに取材して書かれたもので、スパーズにいた頃にどういう仕事をしていたかを主に話題にしていて面白いです。勘違いしてたけど、2016年から2年間ですね、在籍していたの。戦術構築についてもっぱらやっていたのだと思っていましたが、どうもドラフトやGリーグ選手のスカウティングのためのアナリティクスでより大きな仕事をしていたようです。この間マレー、ホワイト、ウォーカーを指名し、フォーブスがドラフト外から育っていますが、この辺のスカウティングに何らか影響を及ぼしている部分はあるようです。