だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

イップスについて

このブログでESPNのトム・ハーバーストロウ記者による、フリースローイップスについての記事を二度紹介しました。ビッグマンに極端にFT%が悪い選手が多いことについて、これまで通説的だった「手が大きすぎて相対的にボールが小さいため、ピンポン玉を投げるようなものでコントロールが難しい」という説や練習不足だからとする説を妥当な根拠に基づいて否定し、これはイップスでありメンタル的な問題だと言う見方を示しました。また、レブロン・ジェームズの昨シーズンのFTの不調について、これによって単にFTによる得点力が落ちるだけでなく、重要な場面でのFTを恐れるあまりリムを攻めるプレーができなくなっていることを指摘し、FTのイップスがそれ以外のプレーにまで悪影響を与えることを示しました。NBAの第一線でプレーしているようなプレーヤーなのにFTをまともに決められる技術がない、その上練習もしていないなどというのは到底考えられないことで、50%前後からそれを切るようなレベルのFTシューターや本来あり得べきFT%よりも不自然に確率を落としているプレーヤーは、程度の差こそあれイップスであると考えるのが妥当ではないかと思います。また、シーズンが終わってから言えることですが、昨シーズンNBAがゲーム終盤でのハック戦術を減らすことを目的とするルール変更を行ったのに対し、ハックの餌食になる選手として定番とも言えるドワイト・ハワードデアンドレ・ジョーダンアンドレ・ドラモンド、更に彼ら以上にFT%が低かったクリント・カペラといった選手たちの100ポゼッションあたりのFTAが大幅に減るとともにFT%もその前のシーズンと比べて目立って向上しています。プレッシャーのよりかかる場面での、それもプレーヤーの弱点を露骨に突くような戦術よってももたらされるFTAが減ったことによってFT%が向上しているという事実は、FTがプレーヤーのメンタルに大幅に左右されるプレーであるということを示す証拠になるものだと思います。

練習もしっかりしてて練習ではよく入るのに試合では如実にFT%が落ちてしまうというような場合、問題は技術ではなくメンタル面にあり、イップスと認識すべきケースがある、ということは広く知られるべきではないかと思います。遠いNBAの話だけではなく、Bリーグやアマチュアレベルでもある話です。練習でも全く入らないという場合は単純に技術不足でしょうが、練習では入るのに試合では20%も30%も率を落としてしまうようなプレーヤーに対して更に練習させても改善には繋がらないでしょうし、そうやって過度にプレッシャーを掛けることによってむしろ状態を悪化させてしまう場合もあるでしょう。技術の問題とは考えず、メンタル面での問題をどう解決するかという観点から取り組んだほうがいいケースもあるということを、特にコーチする立場の人は頭に入れておくべきだと思います。

さて、なんでまた3度もイップスの話をしているかと言うと、ライターの菊池高弘氏による「イップスの深層」という、イップスに陥ったプロ野球選手に対するインタビュー連載が素晴らしく、これを紹介したかったからです。元日ハムの岩本選手に対するインタビューは完結しており、現在元阪神一二三選手へのインタビューの連載が続いているところです。岩本選手の発言からいくつか抜粋します。

 「自分の1球で、周りの選手たちの生活も変わります。その周りの選手たちの、家族の生活も変わります。見ているファンの人たちの気持ちも変わりますし、球団の人気も変わっていきます……そうやって考えれば考えるほど、神経質な人間ほど、なります。イップスは……」

「やっぱり、イップスになる一番の原因は『人の目』やと思うんです。周りにどう思われているか。それが気になって、ひどいときはキャッチボールから自分の体が操作不能になってしまう」

「止まったボールに力を与えるスポーツは、みんなイップスがあると思います。バレーボールやテニスのサーブ、サッカーのPK、ラグビープレースキック……。ゴルフなんて全部そうじゃないですか」

イップスの最大の敵は間(ま)ですから。内野手でも、捕ってから余裕があると考えてしまうでしょう。イップスの気(け)のある現役のショートと話したことがあるんです。『ええか、どんなに余裕があっても、捕ったらすぐに投げろ』って。これがイップス克服の一番の近道やぞと。ピッチャーなんて、間だらけじゃないですか。だから間をコントロールしなければならないんです」

「神経質な人ほど、なりますよね。『結果の先に何があるか?』といろいろ考えたときに、体が固まってしまうんです」

「相手に悟られるということは綻(ほころ)びですから、つけ込まれるんです。相手ベンチからの『お前ストライク入るの?』という一言が、大きな刃物に思えてくる。でも、僕はイップスの選手に言ったことがあります。『お前、公言したほうがラクやねんで。一回の恥は一生の得や』と。普通は周囲がイップスの選手に気を遣って何も言わないんやけど、本人が周りから気を遣われていることがわかると、余計に萎縮するものなんです。大半の経験者は言いますよ。『みんなに知ってもらったほうがラクだ』って」

「(イップスという言葉が)広まり過ぎている感じはしますけど、今はみんな日常でも冗談交じりに使っているじゃないですか。暴投を投げて『うわっ、イプってもうた』とか。僕はいっそのこと、広まったほうがいいのかもしれないなと思いますよ。たとえ強い人間に見えても、どこか弱さもあるし、それを隠しているだけだと思う。そんな人もひとりの生身の人間なんですから」

岩本選手がイップスを克服していく描写は素朴な感動があるもので、ぜひ全文読んでほしいところです。経験者が語る内容はやはり説得力があります。岩本選手の考えるイップスが起こる条件は「神経質で周りにどう思われているかが気になる人ほどイップスになりやすい」「プレーのときに考える時間があるとイップスが起こる」ということになるでしょう。ハーバーストロウの記事を読んでいる人であれば岩本選手の語っている内容をすんなり理解できると思います。ハーバーストロウの「イップスは、正確さを要求される仕事に直面し、それに失敗するリスクを意識するときに起こる」という説明のほうがより一般性がありますが、「止まったボールに力を与えるスポーツは、みんなイップスがあると思います」という岩本選手の理解は、バスケにおいてFTが他のプレーとは異質なプレーであることの端的な説明になるものです。バスケは常にプレーヤーとボールが動き、状況の変化が複雑かつ早いため、「考える間がある」「止まったボールに力を加える」プレーをする機会は殆どありません。それ故に通常のプレーにおいてイップスが発生しうるようなプレーが存在しないため、バスケとイップスは縁遠いものになります。バスケにおいて「考える間がある」「止まったボールに力を加える」があるプレーはインバウンドパスとFTに限られますが、インバウンドパスは全く精神的プレッシャーのないプレーか、ディフェンダーに妨害されパスする相手が流動的な実際のところ反射的な状況判断を必要とされるプレーです。結局のところ、野球の投手がピッチングをするように、ゴルフ選手がボールを打つように、テニス選手がサーブをするように、妨害されることなく固定された一定の目標に正確にボールを打ち込むプレー、それもそのプレーのためにじっくり考える時間のあるプレーとなると、バスケにおいてFTしかないわけです。故にFTにはイップスが起こりうるわけですが、バスケはそもそもイップスに縁遠いスポーツであるため、FTとイップスが結びつきにくい状況だったのかもしれませんし、そのために手がでかいから論や練習不足論などの見当違いの議論が幅を利かせてきたのかもしれません。

イップスは医学的には職業性ジストニアと言うらしく、スポーツのみならず楽器演奏や速記、タイピングなどでも起こるようです。同じ動きを過剰に反復することによって筋肉が異常な反応を起こすことを言うようです。日経のこの記事によれば、これを「練習不足によるもの」と考えて更に無理な練習をすることで症状が悪化することもあり、イップスになった場合は悪化する前に演奏(プレー)を休む期間を設けるべきということです。イップスはメンタル面だけでは説明できず、同じ動きを反復することで脳の情報伝達が上手くいかなくなる脳の機能障害という説明も必要になるようですが、なんにせよ原因も完全な治療法もまだ不明です。NBAにはビッグマンに分類される選手以外にもFTイップスが疑われる選手はいます(パッと思いつくところではレイジョン・ロンドアンドレ・ロバーソンあたり)。しかしながら、同じ動きの反復がイップスにつながるならば他のポジションも同じぐらいの比率でイップスの選手がいてもおかしくないはずですが、イップスが疑われる選手の比率は他のポジションに対してビッグマンがかなり高いことは確かです。NBAのCを務められるほど身長の高い人間はそもそも母数が少なくFTが下手でも生き残れてしまうこと、そのサイズゆえまずゴール下でのプレーを教え込まれシュートレンジの拡大は後回しにされがちなこと、そしてFTが下手なまま成長しその弱点を冷やかされるなどしてストレスを抱えがちになることなどがビッグマンにFTイップスが多いことの説明になるかもしれませんが、なるべく多くのビッグマンに成長過程とFTについてインタビューをしないことには実際のところどうなのか分かりません。なんにせよ、FTイップスが疑われる選手に対して過度にプレッシャーをかけたり、不必要に多い練習を強要するような風潮はなくなるべきだと思います。