だいたいNBA

Kだよ。だいたいNBAのことを書くのです。だいたいスパーズのことを書くのです。

NBAドラフトにおけるいわゆるOne-and-Doneルールの成立経緯と是非論

ベン・シモンズによるNCAA批判

さる11月4日に"ONE & DONE"というドキュメンタリーが公開されました。今年のドラフト1位指名選手で、シーズン前から1位確実と言われていたベン・シモンズの、大学入学からドラフトまでの1年に密着したものです。この作品を見るためだけにクレジットカード情報を提供する気にもなれなかったのでKは見ていません。本作はシモンズによる苛烈なNCAA批判が中心にあったため、それなりの論議を引き起こしたようです。作品の比較的詳しい概要はESPNのマイロン・メドキャフ記者による記事にあるので、そこからシモンズのNCAA批判を抜き出してみると以下のようになります。

  • プレーヤー以外の全員が金を稼いでいる。プレーヤーたちは最高のチームになるために地獄のように早起きし、連中が自分らにやらせようとすることを全てやる、それでいて自分たちは何も得られない。
  • 金品の授受は禁止されているのに、ロールスロイスや家みたいなものまで提供しようとする人間がたくさんいる。
  • NCAAはクソ。発言権は与えられないし、見返りもない。莫大な金を一人のアマチュア選手に作り出させようとするな。
  • 連中は教育だと言うけど、1年しかいないんだったら大した教育なんて受けられないでしょ。1セメスターをクリアすれば2セメスターは授業に出なくてもシーズンオフまでプレーする資格を奪われないから、2セメスターは授業に出なかった。自分は勉強しに来たのではなくバスケをしに来たのだ。1年後にはNBAにいるのにこんなものが何の役に立つのか。
  • NBAに行くためにいなきゃいけないからここにいるだけ。ただ待つだけだ。2セメスターじゃ学位も取れないんだから無意味。大学にいても時間の無駄だと感じる。

シモンズはNBAドラフトのいわゆるOne-and-Done(以下1&D)ルールの制限のため、即プロで通用する実力があるにもかかわらず、仕方なく1年大学でプレーしたあとでNBAドラフトへと進んだわけですが、大学での1年は相当に不満の残るものだったようです。彼の不満は端的に言えば「アマチュア選手が利益を得ることを厳しく禁止していながら、そのアマチュア選手を利用して巨大な利益を得ているNCAAや大学に対する不満」と「1年でNBAプレーヤーになる人間にとって全く役に立たない学業を強制するNCAAへの不満」の2点になるでしょう。

これに対して批判・反論ももちろん出ています。まずはNCAAの会長であるマーク・エマートによるもの。その内容は以下のようになります。

  • 1&DルールはNCAAのルールじゃなくてNBAのルールだ。でも彼はNCAAのルールだと言っている。私はNBAは1&Dルールをなくすべきだとこれまで明確に言い続けている。
  • NBAに行きたいけど大学には行きたくないというなら、大学に行かなければいいじゃないか。ヨーロッパでプレーしてもいいし、プレップスクールでもいい。なにも大学に行くように銃を突き付けて脅してるわけじゃないんだ。
  • 大学に来るなら、まず第一に(アスリートであるよりも)学生であるべきだ。

「学業なんてクソの役にも立たない」というシモンズに対して「そっちが本分でしょ?それが嫌なら最初から来なきゃいいでしょ、他にも選択肢はあるんだから」という、学生スポーツ協会のトップとしてごくまっとうな返しといえます。この他ではYahoo Sportsのジェフ・アイゼンバーグ記者による記事が良い批判だと思います。内容は以下のようになります。

  • シモンズが大学に来たのは自らの選択であって、必要に迫られたからではない。
  • フロリダ州プレップスクールに来ないでそのまま地元の高校を卒業していたら、2015年のドラフトにエントリーできた。もしくは、プレップスクールを出たあとに大学にいかずにヨーロッパやDリーグでプレーすることも出来た。なのにLSUに入ったのは彼の後援者がLSUのアシスタントコーチをしていたから。こうした事情は、シモンズがNCAAや大学の搾取的なシステムを批判する権利を否定することはないが、無報酬でプレーさせられることや学業を強制されることへの批判を説得力のないものにしてしまっている。
  • シモンズが学業を放棄することでLSUのプレーヤーの学業面の平均スコアが落ち、LSUの奨学生枠の制限やポストシーズンの禁止といった措置につながりうる。しかもその責任は残ったプレーヤーやコーチが取らされることになる。
  • シモンズの件で最悪なことは、全ての1&Dプレーヤーがこういう態度だと思われることだ。ちゃんと大学生としてしっかりやってるエリートプレーヤーもいるのに。

シモンズに対して擁護的な意見もあったかと思いますが、どの立場からも確実に言えるのは「1&Dルールさえなければこんな事にはならなかった」ということです。

KはNCAAにはそれほど関心がなく1&Dルールについてもそれほど深い認識はなかったのですが、これをきっかけに1&Dルールに関して調べてみて、とにかく圧倒的に批判を浴びていて、擁護論が少ないことに驚きました。1&Dルールによって本来は大学を経由しなかったはずのプレーヤーが大学に来るようになったことから、漁夫の利を得る形になっている大学バスケット界およびNCAAはおそらく1&Dルールに対して肯定的なのではないかと思っていましたが、大学コーチなどはほとんど批判的で、まして組織としては多大な恩恵をこうむっているであろうNCAAのトップであるエマートが最も強固な批判派であるという事実には特に驚かされました。NBAで賛否両論ある事柄はいくつかありますが、これほど批判一辺倒の事柄は他にないと思います。しかし、これほど批判されておりながら1&Dルールは出来てしまい、なくなる見込みもなく、あまつさえ更に1年延長されて2&Dルールになってしまう可能性すらあるというのが現実です。なぜこんなことになってしまったのか?今回は1&Dルールの内容、その成立経緯、どのような効果を実際に及ぼしたかということを理解し、それをベースにしてドラフト制度のあり方について考えてみたいと思います。

1&Dルールの内容

現在のNBAドラフトのルールは、2005年のCBA(collective bargaining agreement 労働協約)の一部(第10条)として定められました。NBAが単独で定めたわけでなく、CBAとして定められたということは重要です。その点に関しては後述します。

2005年CBA第10条の原文wikipediaのEligibility for the NBA draftのページ日本語版のNBAドラフトのページを参考にしてドラフト資格について書いていきます。日本語版wikipediaを読めばだいたいOKかなと思いますが、記述に間違いがあるのであらためて確認します。

ドラフト資格を与えられるための基本的なルールは以下のようになります。引用は2005年CBA第10条の原文から行います。

  • ドラフトが行われる暦年中に少なくとも19歳であるか19歳になること。(The player (A) is or will be at least 19 years of age during the calendar year in which the Draft is held,)
  • インターナショナルプレーヤーでないものに関しては、高校を卒業してから少なくとも1NBAシーズンを過ぎていること。(at least one (1) NBA Season has elapsed since the player’s graduation from high school

簡単に言えば、これだけです。この条件を満たせば、ドラフトの60日以上前にNBAに届け出ることでNBAドラフトにエントリー(アーリーエントリー)出来ます。ここでは1&Dのルールを確認することが目的ですので、細かい自動資格の内容を理解する必要はありません。wikipediaの間違いというのは年齢について「ドラフト時の日時で、19歳に達しており」としているところです。第10条の文面は「ドラフトが行われる暦年中に19歳になる」事を条件としていますので、例えば2016年のドラフトであれば2016年1月1日から12月31日の間に19歳となるものは年齢条件を満たします。「ドラフト時の日時で、19歳に達」していなくてもいいのです。例えば4位指名のドラガン・ベンダーは1997年11月17日生まれで、ドラフト時はもちろんシーズン開幕時にもまだ18歳でした。2015年は同じくサンズに指名されたデビン・ブッカーが同様のケースでした。

「インターナショナルプレーヤー」の定義は以下になります。

  • ドラフトの少なくとも3年前から合衆国外に永住していて、合衆国外でアマチュアないしプロとしてバスケットボールの試合をしていること。((i) who has maintained a permanent residence outside of the United States for at least the three (3) years prior to the Draft, while participating in the game of basketball as an amateur or as a professional outside of the United States;)
  • 以前に一度も合衆国の大学に籍をおいたことがないこと。((ii) who has never previously enrolled in a college or university in the United States; and )
  • 合衆国の高校を卒業していないこと((iii) who did not complete high school in the United States.)

インターナショナルプレーヤーは上記の「高校卒業」の条件は不要で、暦年中に19歳であればアーリーエントリー可能です。ヨーロッパや南アメリカでは就労可能年齢になったら(例えば16歳とかで)もうプロでプレーしているようなプレーヤーもいますし、そういうプレーヤーは高校に通ってないかもしれませんし、そもそも学制が違ったりもしますので、条件に含めないのは妥当でしょう。

シモンズはアメリカのプレップスクールに来たことによってインターナショナルプレーヤーの資格を失い、かつアメリカの高校を卒業していないため、高卒資格を得られたのがプレップスクール卒業時点であるために2015年のNBAドラフトにエントリーできなかったのではないかと思います。わかっててそうしたのでしょうけども。ソン・メイカーの場合は、アメリカの高校で17歳までプレーし、カナダのプレップスクールに2年通って卒業して(一般的にはここで高卒資格を得られるはず)ドラフトエントリーしましたが、これはプレップスクールの1年目に高校卒業資格を得ているとみなし、2年目を卒業後の1年間とみなすとNBAが決定したことでエントリーが可能になったものです。通常であれば18歳でアメリカの高校を卒業できて大学に通えていたということ、あるいはカナダのプレップスクールの1年終了時にアメリカの高校卒業要件と同等以上の要件を満たしていたことをきちんとNBA側に納得させることが出来た、ということでしょう。

なお、1&Dプレーヤーの大学進学の代替として「ヨーロッパでプレーしろ」という場合や、あるいはインターナショナルプレーヤーのエントリーについて「プロで1年以上プレーしていること」が条件になっていると暗黙のうちに前提になっているような気がしますが、アーリーエントリーする際に外国のプロリーグでプロとしてプレーすることが条件になっているわけではありません。

前史−−ヘイウッド対NBA裁判、ケビン・ガーネット、高卒ドラフティーたち

この項では1&Dルールがなぜ作られる必要があったのか、NBAドラフトの歴史をたどることでその理由を理解していきます。この項と次項はESPNのマイロン・メドキャフ記者による2部作の記事「1&Dのルーツは根深い」「1&Dの知られざる未来」を主に参考にして記述します。両方とも質の高い記事ですのでそちらも読んでいただければと思います。

そもそも、NBAは高校卒業後4年が経過していなければドラフトエントリーも加入もできないという「4年ルール」がありました。高校で素晴らしい成績を残した後にスカラシップを得て大学バスケット界で活躍し、大学卒業の年にドラフトにエントリーするというのが一般的に想定されていたNBAへのルートだったわけです。このルールに挑戦したのがスペンサー・ヘイウッドでした。

ヘイウッドは19歳で1968年のメキシコシティオリンピックの金メダリストとなり、大学2年時には大学バスケットボール界を席巻する選手となりました。しかし極貧家庭に育ったヘイウッドは家計を助けるために大学を2年で中退し、1969年、もうひとつのプロリーグであったABAのデンバー・ロケッツへと加入します。デンバーで新人王とMVPを獲得したヘイウッドは、シーズン終了後の1970年オフにNBAシアトル・スーパーソニックスと巨額契約を果たし、NBA入りします。しかし、NBAは高校を卒業して3年しかたっていない21歳の選手との契約はNBAのルールに反し認められないとし、ヘイウッドはそれは独占禁止法(反トラスト法)違反だとして法廷闘争へと発展します。

1970年にヘイウッドが起こした裁判は最高裁までもつれ、1971年にヘイウッド側の主張が認められました。判決文はこちら。ヘイウッド側の主張は、NBAの規制やソニックスとヘイウッドに対する制裁は独禁法が禁じるグループボイコットに当たる違法なものである、ということです。グループボイコットとは、複数の会社集団Asが、ある会社Bが特定のCとのビジネスをやめない限り、Bとはビジネスを行わないぞとAsがBに対して約束させることを言うようです。この場合はAsがNBA、Bがスーパーソニックス、Cがヘイウッドということになるでしょう。NBAという市場のプレーヤーであるNBAチームが共謀してヘイウッドとの契約を拒否することで、市場の公正な競争が阻害され、ヘイウッドが然るべきサービスを市場から受ける権利が侵害され多大な損害をうける、という理解で良いと思います。判決は7対2で原告(ヘイウッド)勝訴の判決でした。1971年のアメリカ最高裁は、公民権運動時代に多数のリベラルな判決を出して社会に大きな影響を与えたウォーレンコートからバーガーコートへと移ってからまだ日が浅く、裁判官の陣容も雰囲気もまだリベラルな気風が濃かったことも、巨大な組織よりも弱い個人に寄ったこの結論を助けているでしょうか。

この結論に対してNBAはすぐさま対応し、1971年には経済的に困難なものは4年ルールの制限を受けないとするハードシップ制が導入されました。この制度を活用して高卒ドラフティー・NBAプレーヤーとなった初めてのケースが1975年ドラフトのダリル・ドーキンスとビル・ウィルビーです。1976年にはハードシップ条件が排除され、18歳以上で高卒であればドラフトエントリー可能なアーリーエントリー制度が確立されました。1976年はABAがNBAに吸収された年であり、ドラフトに制限のないABAでプレーしながらもNBAに移籍せざるを得なくなり、しかもNBAでプレーするための資格を満たさない選手が存在したため(具体的にはモーゼス・マローン。1974年に彼は高卒でABAドラフトで指名されてプロ入り、2年間プレーしてNBAへ移籍したため4年ルールに抵触していました)、この機会にもうやめてしまおうということだったのではないかと思います。

ヘイウッドの個人的な戦いからわずかな間にドラフト制度が大幅に変わり、高卒でエントリー可能な素地が整いましたが、それでも「NBAドラフトは大学を卒業してからエントリーするもの」という慣習は基本的に残りました。NBA.comに1976年から2001年までのアーリーエントリーのリストが、The Draft Reviewに過去の全てのアーリーエントリーのリストが掲載されていますが、1976年の後でも割合少ないというのが分かると思います。1994年ぐらいまでは毎年10から20人ぐらいで、時代を遡るほど少なくなるというのが分かるかと思います。マジック・ジョンソンマイケル・ジョーダンなどの名前も見えますが、アーリーエントリーといっても大学2年か3年、しかも3年でエントリーする場合が大半で、大学1年はほとんどおらず、高校生に至っては1975年以来全くいない状況が続きます。

しかし、1995年にケビン・ガーネットがエントリーして以来、高卒でのエントリーが急激に増え、またアーリーエントリーの数自体も大幅に増えていき、また大学からのアーリーエントリーでも3年の割合が減り続け、1年や2年の割合がどんどん増え続けています。NBAドラフトの低年齢化の引き金は明らかにガーネットによって引かれたと言えます。高卒でのNBAドラフトという、実質的には前例がないに等しい試みに対して、5位という高順位での指名、さらにシーズン中にスターターに定着しオールルーキー2ndに選出されるなど「普通に通用してしまった」こと、2年目にはオールスターに選ばれるなど早期に活躍したことは明らかに後進に影響を与えたと思われます。更にガーネットのドラフトの翌年の1996年には、ガーネットに触発されたコービー・ブライアントとジャーメイン・オニールが、1997年にはトレイシー・マグレディが高卒ドラフトでNBA入りし、彼らが2000年代に爆発的な活躍をすることで、2001年以降の高卒ドラフティーの急拡大を呼び、更に2003年のレブロン・ジェームズの登場が続く2004年と2005年の高卒エントリーの殺到を招いたと言えます。wikipediaに高卒ドラフティーのリストがあるので、それを見るとこの間の急拡大がよくわかります。

しかし、その一方で高卒ドラフト選手の将来性を読みにくいという問題が各NBAチームのGMや経営者を悩ませることになります。高卒ドラフトの初期の成功例であるガーネット、コービー、オニール、マグレディの4人は指名順位から見ても大当たりの指名で、更に1998年のアル・ハリントンとラシャード・ルイスの二人は指名順位から見ればありえないほどの活躍をしました。一方、その後ジョナサン・ベンダーやダリウス・マイルスという高順位指名の選手が大失敗で、2001年はクワミ・ブラウン(1位)、タイソン・チャンドラー(2位)、エディ・カリー(4位)、サガナ・ジョップ(8位)と10位以内に4人、しかも初の高卒ドラフト1位が誕生したにも関わらず、チャンドラー以外は失敗というべきで、特にブラウンの失敗のインパクトは大きく、「高卒ドラフティーはハイリスク」という認識はこの頃までには確立していたのではないかと思います。これ以外にも、ESPNの2番めの記事でスポットライトを浴びているコーレオン・ヤング、ドラフト後に精神的に追い詰められ自殺未遂まで起こしたレオン・スミスなど、悲劇的といってもいい失敗例も存在し、しかもそのような失敗例となるかもしれない高卒者たちが2003年以降大挙としてドラフトにエントリーするようになりました。各チームの経営者やGMはいよいよもって、もう高校生は扱いたくない、せめてもう少し彼らを評価する時間と環境がほしい、それで貴重なドラフト指名権で外れを引いてサラリーをドブに捨てるリスクを減らしたいと願うようになりました。1&DルールはそのようなNBAチーム側の要望を叶えるために発明された手法です。

1&Dルールの成立

 1&Dルールは2005年のCBAでNBAとNBPAの合意によって制度化されました。内容は前述のとおりで、現在に至るまでNBAドラフトはこの枠組みを維持しています。

NBA側から見た最大の利点は、有望な高卒者が大学でどれぐらいのプレーをするか、レベルの高い上級生相手にポジションを奪ってどれだけの成績を残せるかということを少なくとも1年スカウティングできることです。高校はレベルの差も大きく、有望株と呼ばれる選手は(特に最上級生の時には)圧倒的な成績を残しているのが常で、高校在学中は試合に負けた経験がないなどということもまれにあり、逆にどれぐらい優れているかが見えにくいこともあります。NBAチームが伝統的に最も厚くスカウティングをしている競争力の高い大学リーグで1年から素晴らしい活躍が出来たとなれば、これはもう本物であり、その選手の指名にはリスクが少ないと判断できるわけです。これが1&Dの本質的な目的です。前コミッショナーのデビッド・スターンは1&Dルールについて、「我々は有望株を1年観察したい、NCAAの最もレベルの高いリーグでどのようなプレーをするかを見たい、そうして我々は正しい判断をすることができるようになる。高順位のドラフト指名権は、本当に、本当に価値があるからね("It's that we say we would like a year to look at them and I think it's been interesting to see how the players do against first-class competition in the NCAAs and then teams have the ability to judge and make judgments, because high-ranking draft picks are very, very valuable.")」と発言しています。

一方でNBPA側は1&Dルールには基本的に反対でした。NBAでプレーできる機会が1年分失われるわけですから、それは金を稼ぐ機会が1年分失われることと同じだからです。しかし、それは絶対に守らなければいけない線というわけではありませんでした。なぜなら、NBPAはその構成員、つまり現にNBAプレーヤーである者の利益を代表しているのであって、将来NBAプレーヤーになるかもしれないものの利益を守る義務はないからです。ESPNのこの記事のパブロ・トーレ記者の執筆部分がその点についてよく書かれています。ここにグラント・ヒルの「NBPAの目的はメンバーを守ることであって、メンバーになるかもしれない者を守ることではない("I always thought that it was the purpose of the union to protect its members, not potential members.")」という発言や、あるエグゼクティブの「プレーヤーたちが彼ら(注:これからドラフトエントリーするもの)に僅かなおこぼれすらくれてやるわけがない("I never understood why players would even give a s--- about those guys.")」という発言がのっています。プレーヤーの枠の数も、サラリーの総量も決まっているNBAにおいては、NBAという市場はプレーヤーにとってゼロサムゲームの場であり、オーナー側から今いるプレーヤーがいかに有利な条件を引き出すかがNBPAの最優先課題なのであって、今そこにいない者(将来的には今そこにいる者の利益を奪いかねないもの)の利益は優先度の低い問題です。然らば、ドラフトにおける年齢制限の問題は、NBPAにとってオーナー側から有利な条件を引き出すための交渉ツールとして扱われることになります。その結果2005年CBAは締結され、NBPAは1&Dルールへの合意の見返りに1999年CBAよりもリーグの収益から選手の側にまわる分配金率とサラリーキャップを大幅に増やすことに成功しました。日本語wikipediaのNBPAのページがなかなか見事にその変化を抑えています。

 さて、先に「NBAが単独で定めたわけでなく、CBAとして定められたということは重要です」と書きました。なぜこれが重要かというと、NBAが単独でこれを定めた場合、ヘイウッド裁判と同様に独禁法に触れる可能性が高いからです。ところがCBAという形でこれを定めた場合独禁法の排除条項に含まれ、適用を回避できます。この法理は2004年のクラレット対NFL裁判で明確になりました。要約原文にリンクしておきます。NFLには高卒後3年が経過しないとドラフトエントリーできないというルールがありますが、これが独禁法に触れる不当なルールだとして高卒後2年のマウリス・クラレットという選手が訴えたものでしたが、雇用主と連邦労働法で認められた被雇用者団体が労働協約という形で労働条件を制定した場合は独禁法に触れないという結論が出されました(クラレットは2004年のドラフトにはエントリーできず、2005年のドラフトにエントリーしました)。2005年のCBAで1&Dルールが定められた背景には、この判決でCBAで規定すれば1&Dルールに法的リスクがないとNBA側が確信できたことがあるものと思われます。

以上のようにして1&Dルールは成立しました。これはNBAとNBPAの両者の経済合理主義の産物と言えます。1&Dルールの当事者とはNBAとNBPAであって、NCAAでもNBAを夢見る未来のプレーヤーたちでもありません。1&Dルールはどのような影響をNBAとその周辺に与えたのか、果たして妥当と言える結果をもたらしたのか、1&Dルールはこれからどう変化すべきか(しないべきか)、それらについて考えてみます。

NBAにとっての1&Dルール

NBAは当然ながら1&Dルールに対して肯定的な評価をしています。先に引用したように、デビッド・スターンは1&DルールがあるおかげでNBAチームがドラフト候補生の才能を正しく評価できるようになり、それによって正しい指名ができるようになったと考えています。現在のコミッショナーのアダム・シルバーも同様で、「ドラフト候補生のプレーを1年余分に見られればドラフトがより競争力のあるものになる、というがずっと前からの我々の認識だ("It has been our sense for a long time that our draft would be more competitive if our teams had an opportunity to see these players play an additional year,")」「ドラフト候補生に成熟する時間を与えることには意味がある我々は信じている("We believe the additional year of maturity would be meaningful." )」と語っています。さらに、スターンとシルバーはともに「高卒後1年」の条件をさらに延長し「高卒後2年」に、すなわちTwo-and-Doneルールにしたいと語っています。スターンは「2&Dに変えるのは良いアイデアだと思う。プレーヤー、大学コーチ、NBAチーム、誰に聞いたってみんなすごくいいアイデアだって言うよ、NBPA以外は("I think it would be a great idea to change it to two-and-done, [...] Everyone I hear from -- NBA players, actually; college coaches; NBA teams -- everyone says it's a pretty good idea, except the [NBPA],")」と語っており、シルバーは「最低年齢を19歳から20歳に上げるのは有益だと思う("I think it would benefit the league to raise the minimum age from 19 to 20.")」「下限引き上げがリーグをより良くするだろうというのが我々の見方だ。よりスキルがあって成熟した選手が得られるだろう。ドラフトはより良いものになるだろう("our view is that it would make for a better league. You’d have more skilled players, more mature players. The draft would be better.")」と語っています。また、巨大市場で人気のある大学スター、特に大きな注目を集めるNCAAトーナメントで活躍した選手がNBAにやってくる事によって、高校からそのまま入ってこられるよりもNBAにとっては「金になる」選手になってくれるという見方をbleacher reportのグラント・ヒューズ記者が示しています。

NBPAは2&Dには反対していますが、1&Dの成立経緯から分かるように、NBPAにとってこれからNBAプレーヤーになるかもしれないものの権利を守る義務はありません。また、現状1&D廃止論は唱えていません。KHOUのレイ・グライアー記者の記事によると、NBPAの実行委員会のメンバーであるカイル・コーバーは1&Dルールの撤廃について「優先順位は高くない(“It’s not high on the list,”)」と語り、個人的な意見としては18歳のプレーヤーにNBAでプレーすることを許すべきかどうか疑問であると語ったそうです。この記事にはジャパリ・パーカーの「最高のプレーヤーのうちの何人かは高卒選手じゃないか。高卒でもやれる選手がいるならやらせるべきだ」という1&D廃止論ものっていますが、プレーヤーの多数派が自分の利益を将来のプレーヤーの権利よりも優先したがために1&Dルールが出来てしまったというのが現実です。2016年12月15日に2011年CBAの解除が可能になり2017年オフに新たなCBAについての交渉が行われるでしょうが、1&Dルールは現状維持、もしくは2&Dルールへの移行というのが現実的にありうる選択肢でしょう。

しかし本当に問題なのはNBAが1&Dルールの本来の目的、すなわち「評価が難しい高卒者を1年大学でプレーさせることによってその才能を正確に把握し、ドラフト指名のリスクを減らす」事を本当に達成できているのかということです。それができていなければ1&Dルールを続ける合理的根拠がなくなってしまうことになります。そして、多くの論者が、1&Dルールの導入以前と以後でドラフトのリスクは減っていない、1&Dルールは意味がなく、プレーヤーの権利を無駄に制限するものでしかないから廃止すべきだと主張しています。

まずはSB Nationのトム・ジラー記者による記事。2011年にかかれたこの記事では、2002-2005の4年間のトップ10指名選手と2006-2009のトップ10指名選手各40人を「成功(successes)」「失望(disappointments)」「失敗(busts)」の3つに振り分けてその比率を調べることで本当に失敗が減ったのかを検証しています。「失望」は絶対的な成績は悪くないが指名順位から考えたら物足りない成績の選手のことを指すようです。具体的に誰をどこに振ったかは振り分けが微妙な何人かの選手しか示されていない、振り分け方が主観的にならないか、というような瑕疵はありますが、2002-2005は成功:失望:失敗=21:9:10、2006-2009は成功:失望:失敗=22:7:11でほとんど変わらないという結果を出しています。高卒で失敗した例もあれば大学で素晴らしい成績を残してNBAで失敗した例もある、高卒でもアル・ハリントンのように優れた安定したロールプレーヤーもいる、最低年齢を制限しようとGM連中はまたぞろポテンシャルだのレングスだのに夢中になって失敗する、結局ドラフトのリスクなんて何も変わっていない、NBAは2011年のCBAで制限を20歳に伸ばすことを目指しているがそんなことをしてもなんの助けにもならないだろう、年齢制限は全くの役たたずのペテンである、と述べています。

次にESPNのメドキャフ記者の2部作の2番めの記事で紹介されているスポーツ法学者のマイケル・マッキャンによる批判です。マッキャンはクラレット対NFL裁判でクラレット側の手助けをした人物でもあるようです。マッキャンは2004年の「イリーガルディフェンス:NBAドラフトから高校生を締め出す不合理な経済学」という洒落たタイトルの論文(要約だけでなく全文読めます)で、一般的に認識されているのと違って高卒ドラフティーは平均して他のあらゆる年齢層のドラフティーよりも優れた成績を残していること、単に優れているだけでなくより長くプレーできること、高卒ドラフティーは大卒ドラフティーに比べて1億ドルも多くの生涯サラリーを稼げる可能性があること、未成熟でオフコートで問題を起こすという通念とは裏腹に実際はオフコートでも優れていること、大学の有望株も卒業する前にNBA入りするケースが大半でほとんどバスケット漬けで彼らにとって大学教育に意味があるか疑問なこと、クラレット対NFL判決があってもなお高卒者には1&Dルールをグループボイコットとして独禁法違反に持っていきうるような法論理があることなどを論じています。マッキャンは1&Dルールには明確に反対の立場で、ESPNの記事では「大学で4年プレーして比較的高い順位で指名されたプレーヤーの多くが上手くいっていない、大学とNBAでは同じバスケットボールでもかなり大きく違うんだと思う("A lot of players, relatively high draft picks who played four years of college, have struggled, [...] I think that's because the college game is so much different.")」「たかが1年であればNBAを訴える程でもないと勘定するだろうが、これが2年となったらより多くのプレーヤーたちが訴訟しようという気になるかもしれない("In terms of the NBA, if it were two years, maybe we would see more players come forward, feeling like it's worth challenging the age limit," he said. "The fact that it's only one year, a lot of players probably calculate that it's not enough to file a lawsuit against the league.")」と語っています。

最後に、KHOUの記事で取り上げられているインテンシティ社による2014年の論文を見ます。この論文ではプレーヤーの成功をドラフト指名順位とサラリーで測り(個人成績やタイトルは、チームメイトやコーチ、怪我などの要素に左右される部分があるため採用しない)、1998年から2014年までのドラフトにエントリーした選手(インターナショナルプレーヤーは含まない)のデータを基にデータ駆動型解析を行ったものということです。分析の結果、(1)ドラフトエントリーの平均年齢は自然な減少傾向にあること、(2)早くNBA入りするほどサラリーが良いこと、(3)大学で長くプレーした選手ほどドラフト指名の正確性(指名順位とサラリーの相関)が低くなりやすいこと、(4)1&Dルール導入後にドラフト指名の正確性はむしろ低くなっていること、(5)ドラフト指名順位が高いほど指名が正確であることが明らかになっています。NBAチームは1&Dルールによってより正確なドラフト指名ができるようになどなっていないこと、より長く大学でプレーをスカウティングされてるプレーヤーほど評価が不正確になるということは、NBAがドラフトエントリーの年齢制限を行ったこと、それをさらに引き上げようとすることの根拠を根本的に否定するものであり、特に重要です。この論文ではこれらの結果を基に、「高卒選手でも最も評価の高いグループの選手はドラフトへのエントリーを認めるべき」という結論に達しています。現状できるだけ早くNBA入りすることのインセンティブが非常に高い(これがドラフティーの低年齢化の主因)一方、大学にいくことの社会的価値を考えて、大学に長くとどまってもらうための施策についても考察していますが、それについてはまた後ほど述べます。

これらの調査・研究が示すのは、1&Dルールは本来の目的を果たしていない、ドラフト指名の正確性など上がるどころか下がっているということです。高卒ドラフティーの極端な失敗例がトラウマになってできた制度ですが、その印象に引っ張られすぎてしまったと言わざるを得ません。マッキャンの論文では評価できなかったであろう2004年及び2005年ドラフトの高卒ドラフティーたちの全体的な成功ぶりを見ても、高卒ドラフティーはむしろ成功率が高いと言えます。極端な成功例と極端な失敗例ばかりが言及されますが、高卒ドラフティーはむしろその中間での成功例、ハイレベルなロールプレーヤーを多数輩出していることも正しく評価されるべきだったのではないかと思います。

高卒ドラフティーの最大の失敗例としてあげられるのがクワミ・ブラウンですが、彼の指名を決めたのが当時のウィザーズの社長で、従前には高卒ドラフティーに対して苦言を呈していたマイケル・ジョーダンです。この失敗に懲りたのか、翌年は大学で実績を残した者だけを指名しました。そして2006年にシャーロット・ボブキャッツの共同オーナーとなり人事権を得ると、その年のドラフト(1&D元年でもあります)で指名したのが大学No.1プレーヤーのアダム・モリソンであり、これはブラウン以上の悲惨な大失敗に終わりました。その後も、ケンバ・ウォーカーとマイケル・キッド=ギルクリストを除き、基本的にドラフトで失敗し続けているのは周知の通りです。ESPNのこの記事のパブロ・トーレ記者執筆部分のタイトルは「オーナーたちを自分たち自身から守るためのルール(A rule designed to protect owners from themselves)」というものですが、1&Dルールがあろうとなかろうと、正しくプレーヤーを評価する能力のない経営者は間違った決断を下すのです。ジョーダンのような無能な経営者がもたらした間違った決断からジョーダン自身を守ることなど出来ないのです。

NCAAにとっての1&Dルール

NCAA側からの観点で言えば、1&Dルールにはほとんど批判的意見しかないと言えます。その中でNCAAからの視点で肯定的な評価をさらってみると、本来であれば高卒ドラフトにかかっていたようなスタープレーヤー(デュラントなど)が大学に来てくれるようになった、そうした1&Dプレイヤーのおかげで実際に良い成績を残せたチームがある(オデンとコンリーのいた2007年のオハイオ州立大や、ローズのいた2008年のメンフィス大、2015年のデューク大、そして何よりカリパリが来てからのケンタッキー大)、1&Dプレーヤーでも大学で成長して評価をあげてNBAで活躍しているプレーヤーがいるのだから育成に役立っている(RSCI7位から1位指名されたタウンズや、RSCI55位から18位指名されたブレッドソーなど)、こうしたスターの存在がチケットの売上増大やより高額なTV放映権契約につながって大学バスケットボール界を潤している、といったところでしょうか。

シモンズが散々文句をいっていたように、スタープレーヤーを使ってキャンペーンを張ってチケットやグッズを売るということを大学は普通にするようです。NCAAはCBSと2010年に14年108億ドルの放映権契約を行い、2016年にさらに8年88億ドルの契約延長を行いました。2015年のNCAAトーナメント決勝と2016年の決勝で視聴率が17.3から12.0へと大幅に落ちましたが、2015年は1&Dプレーヤーが大活躍で、優勝したデューク大もそうですし、ケンタッキー大は準決勝までシーズン無敗だった、更にウィスコンシン大のフランク・カミンスキーなどドラフト上位指名候補が目白押しのファイナル4だったために大いに盛り上がった(大会全体で過去22年間で最高の平均視聴者数だっだそうです)一方で、2016年はドラフト上位で指名されそうなのはオクラホマ大のバディ・ヒールドぐらいで、ベテラン中心の地味なチームがファイナル4に揃い、決勝はドラフトにかかりそうなのがブライス・ジョンソンぐらいで、優勝したビラノバ大はもしかしたらNBA入りする選手が一人もいないかもしれないというメンツで、おそらく全国的な関心を引きにくい大会だったのではないかと思います。NCAAや大学が1&Dプレーヤーから経済的恩恵を受けていると言うのはおそらく正しいのではないかと思います。

そうでありながら、NCAAやコーチたちからは1&Dはほとんど全面的に批判を受けています。例えばデューク大のマイク・シャシェフスキーHCは、コーチたちの中でもとりわけ厳しく1&Dルールを批判していることで知られます。例えばマイロン・メドキャフ記者の2番めの記事によると、「もし高校から即NBAに行きたいならそうすべきだ。大学に来たいというなら最低2年はいるべきだ。素晴らしい才能を持っていて大学には来たくないというプレーヤーを、わたしはNBAから奪いたくはない。("I still believe if a kid wanted to go out of high school, he should go out of high school. And if he comes to college, he should be here for two years. [...] But I would never want to deprive a great talent, if they didn't want to go to school, from going into the NBA.")」と発言しています。また、1番目の記事では1&Dが学生のメンタリティに与えた影響として、「大学間で移籍するプレーヤーが大量に増えた。子どもたちが自分で選んだ大学にとどまらないで短期的な満足を求めるようになった。("What it has produced is one-and-done for kids who are not going pro, the amount of transfers we have in basketball. There are over 450 transfers. Kids don't stick to the school that they pick and they want instant gratification,")」「1年でNBAに行けるエリートプレーヤーだけの話ではない。1年で目標を達成できなければどこか別のところに行くべきなのかも、というメンタリティがある。1&Dプレーヤーにとっては行き先はプロだし、それ以外の子は別の大学だ。("It's not just those elite players that might be able to go after one year. There's just the mentality out there that if you don't achieve after one year, maybe you should go someplace else. For the one-and-done guys it's the NBA, but for the other kids, it's another school.")」と語っています。ロサンゼルスタイムズのディラン・ヘルナンデス記者の記事よると、「チームをつくり上げるのが更に難しくなった("To build a team is more difficult,")」と語り、プレーヤーの移動が激しくなったことでロースターの安定性が失われていることを示しています。また、ESPNのこの記事によると、1&Dルールを最もうまく活用していると認識されているケンタッキー大のジョン・カリパリHCは、ドラフト前に2年期間を置くべきであると考えているようです。プレーヤーが流動的だとロースターの安定性に欠け長期的な展望が描けないこと、ロースターの入れ替えが激しくリクルートにかかる負担が大きいこと、チームケミストリーが出来上がらないこと、シモンズのように学業を放棄されてチームに迷惑がかかる場合があることなどを根拠に、総じて大学コーチたちは1&Dよりは2&Dのほうが良いと考える傾向にあるようです。

NCAAはどう考えているか。1&Dルール成立時にNCAAの会長だったマイルス・ブランドは自ら筆をとって「2は1よりも2倍以上良いかもしれない」というタイトルの、2年以上大学に置くようなルールにしてほしいという趣旨の文章を書いています。2年以上大学にいられるならば、大学バスケの質も良くなりNBAのビジネス上の利益も上がる、大学で長くやれば知名度も上がって技術もフィジカルも向上するからNBAにとって良い、授業を取る機会も増えるから大学としても結構、大学に来たくないエリートは他の手段(Dリーグや海外プロリーグ)をより真剣に検討するようになる、だからNCAAとしては2&Dルールへの変更を求める、としています。

これに対して現会長のマーク・エマートは最初に触れたように「1&Dルールは撤廃すべき」という考えです。カンザスシティスターのブレア・カーコフ記者の記事によると、エマートは「プロになるために大学に来なくてはいけないなどということはあってはいけない。良いアスリートになるために大学に来て、かつ学位も取りたいというなら来ればいい。大学に関心のないものを大学に強制的に入れさせることは学生アスリートという観念全体を戯画化するものだ。(“My position is a young man or woman shouldn’t have to go to college to become a professional athlete, [...] If they want to come to college to become a better athlete and get a degree, then come on. But to force someone to go to college that has no interest in being in college makes a travesty of the whole notion of a college athlete.")」「私は大学に来る子どもたちに教育を受けさせたい、それでさらにより良いアスリートになりたいの言うのであれば、大変素晴らしい。だが、できるだけ早くNBAに行きたいだけだというなら、大学に来ないでくれ。(“I want kids to come to college to become educated, and if they want to become better athletes, great, but if they just want to get to the NBA as quickly as possible, don’t come.”)」と語っています。ブランドや各大学コーチのように「大学バスケットボール界とNCAAへの利益誘導も図りつつ……」という欲目が全く無い、教育機関である大学の本分を最優先した非常に厳しいスタンスと言えます。高卒後プロ入りまでに期間を置くことを前提とした考えではなく、その期間は撤廃して高卒ドラフトを認めろというのがブランドとの最大の違いでしょう。NBAが自分の利益のために大学スポーツ界に負担を強いていることに対する敵意が透けて見えて面白いです。

1&Dルールは大学バスケットボールを実際にどれだけ変えたのでしょうか。この項の最初に書いたように、1&Dプレーヤーの力で勝ち抜いたチームがあることは確かですが、そのうち優勝までたどり着いたチームは2012年のケンタッキー大と2015年のデューク大しかありません。それ以外はベテラン中心のチームが優勝しており、2016年のビラノバ大は特にその色彩が強いチームでした。つまるところが、1&Dルールは大学バスケットボール界のあり方や戦力地図をそれほど変えていないと言えます。これをどう評価するかは見方によって変わります。ESPNのこの記事は1&Dルールにやや擁護的ですが、イーマン・ブレナン記者の執筆部分では、「1&Dルールは大学バスケを破壊しなかった、だから1&Dルールがあったって別に構わないじゃないか」という捉え方です。一方NBCSportsのロブ・ドースター記者の記事では「1&Dは大学バスケットボール界になんの良い影響も与えてない。教育上も価値がないし、エリートプレーヤーがプロに進む権利を制限するだけで正しいものとは言えない」という捉え方になります。

最後にSporting Newsのマイク・デコージー記者の記事に少し触れます。ここでは、ハリス・ポールの調査では、1&D以前はアメリカ人の8%が好きなスポーツとして大学バスケットボールをあげていたのに、1&Dルールが出来た時には5%、2014年には3%まで減少していることを示しています。考えられる理由として、すぐにいなくなる選手とファンがつながりを持つことが難しいこと、若いチームだとシーズンが進まないとチームケミストリーが出来上がらずチームが強くなるわけではないこと、これまでよりも「大学(大学生)っぽい」雰囲気がなくなることをあげています。1&Dルールがもたらしたロースターの安定性の消滅が、熱心なファンのチームへの愛着を失わせている可能性はあるかもしれません。

未来のNBAプレーヤーにとっての1&Dルール

最高レベルの有望株にとって、年齢制限は無意味な障害でしかありません。有望株でも、大学にいってNBA入りする準備と自信を身に着けてからドラフトエントリーしたいという者もいるでしょうが、このタイプにとっても、自分の意志で大学に進めばいいだけで、NBAにわざわざ制限を作ってもらう必要はありません。したがって、どちらのタイプにも年齢制限は不要なものということになります。また、経済的苦境にある家庭の子供も多く、収入を得る機会をNBAの都合で制限することも問題です。さらに大学で大怪我をしてしまったナーレンズ・ノエルやジョエル・エンビートのようなケースもあり、大学に行くことでむしろ能力や評価を下げてしまうリスクもあります。

NBAプレーヤーの中で最も厳しく1&Dルールを批判しているのがコービー・ブライアントです。コービーはレイカーズネイションのインタビューに対して「高卒のプレーヤーはたくさんいるし、実際に数えてみれば、高卒プレーヤーは大学を通ってきたプレーヤーよりも平均してずっと成功しているという事が分かるだろう。大学にいったところで教えられることなど何もないのだ。プロに行くために大学で能力を磨き、それを示す必要があるという論調はいつもある。俺はそれをまともに聞かなかったし、ガーネットもレブロンも聞かなかった。我々3人にとってはそれでよかった。(“I think the reality is there's been a lot of players who've come out of high school. If you do the numbers and you look at the count, you'll probably see players who came out of high school that were much more successful on average than players who went to college for a year, or two, or however long. It seems like the system really isn't teaching players anything, [...] Well, that’s always been the big argument, as a player you have to go to college, you have to develop your skills and so forth and so on and then you come to the league. [...] Fortunately, I didn't really listen much to it. Neither did KG. Neither did LeBron. I think that worked out pretty well for all three of us.)」と語り、ロサンゼルスタイムズのこの記事では1&Dルールについて端的に「全く無意味("It didn't make any sense")」と述べています。また、インテンシティ社論文で論じられているのは、NBAのほうが大学よりコーチの質もプレー環境も周りプレーヤーのレベルも高く、大学よりもNBAに早く来たほうが成長の早いプレーヤーがいるということです。そういう選手は大学を経由しないでNBA入りしたほうが早期に、かつ最終的により良いプレーヤーになれるはずです。

一方で、プレーヤーの側から1&Dルールを肯定的に評価する声もあります。ニューヨークタイムズのハワード・ベック記者の記事では、最後の高卒ドラフティーの一人であるジェラルド・グリーンは2005年当時において、「NBAでやる用意ができてない高校生もたくさんいるから、賢明な行動だと思う。誰もがレブロンになれるわけじゃない。1年大学でやることでより成長できる、それはすごく良いことだと思う。("I guess it was a smart move, because there's a lot of players that come out of high school that are not really prepared, [...] Everybody's not LeBron James. [...] But I guess that age limit, that one year of college experience, can get you more developed and I think that's pretty good.")」と語っています。また、マイロン・メドキャフの2番目の記事で、高卒ドラフティーの代表的失敗例であるコーレオン・ヤングの高校時代のコーチは、彼の失敗は大学にいかなかったことで起こったと考えており、何年在籍するかは問題ではなくほとんどのプレーヤーにとって大学に行くことには価値があり、1&Dルールを110%支持すると述べています。また同じ記事において、マブスのオーナーのマーク・キューバンは高卒後3年の間隔を置くべきとし、「ロッタリーピックが台無しになることは大した問題じゃない、子どもたちの人生を我々が台無しにすることが問題なのだ。1巡目指名で2年保証契約になるからといって、それがなんだというのか?もしNBAで失敗してクビになったら、大学のプレー資格を得るためだけにした1年間のどうでもいい勉強だけじゃ何者にもなれないじゃないか。("It's not even so much about lottery busts, [...] It's about kids' lives that we're ruining. Even if you're a first-round pick and you have three years of guaranteed money -- or two years now of guaranteed money -- then what? Because if you're a bust and it turns out you just can't play in the NBA, your 'Rocks for Jocks' one year of schooling isn't going to get you real far.")」と語っています。

1&Dルールは高卒者に大学へ行くことを強制しているわけではなく、Dリーグや海外プロリーグでプレーすることも制限していません。Dリーグを選んだ1&Dプレーヤーというのは寡聞にして知りませんが、海外プロリーグで1年過ごすことを決断した非インターナショナルプレーヤーは今のところ3人います。ブランドン・ジェニングスと、エマニュエル・ムディエイと、テレンス・ファーガソンです。それぞれ、イタリア、中国、オーストラリアのプロリーグでプレーしました(ファーガソンは2017年のドラフトを目指してプレー中です)。注目して欲しいのは、ジェニングスとムディエイはRSCIが1位、つまり彼らの世代で最も評価されていた高校生だったということです。それでいてドラフト指名順位はそれぞれ10位と7位で、彼らは大学にいかなかったことで評価を落としている面があります。DraftExpressのドラフトヒストリーのページで各年の指名を見てもらえればわかると思いますが、基本的にはRSCIが最上位圏だった選手は順当にドラフトでも最上位圏で指名されており、RSCIが1位の選手が7位や10位というのは低いのです(大怪我をして評価を落としたノエルでも2013年の6位です)。各チームのスカウトが大学を最も重点的にスカウトし、海外プロリーグのスカウトは薄く過小評価されるということは否めないと思います。すでにプロリーグでプレーしているヨーロッパのプレーヤーが、わざわざヨーロッパのプロリーグよりレベルの低いアメリカ合衆国の大学まで来たりするのは、そうするだけのインセンティブがあるからです(ドマンタス・サボニスのヨーロッパと大学での成績と指名順位を見よ)。まして合衆国の高校生がわざわざ外国にまで行く理由は薄いと言わざるを得ません。慣れない外国の環境に身を置くだけでも大変です。それでもなお、1&Dルールを前提として大学よりも海外プロリーグを選ぶ意味はあるのでしょうか。ある、と考え実行に移したのがテレンス・ファーガソンです。

ファーガソンは自ら「なぜ僕はオーストラリアのプロリーグへ行くのか」というタイトルのエッセイをプレイヤーズトリビューンに寄稿しています。彼がプロの道を選んだ理由は、経済的な理由と育成機関としてのプロチームの魅力の2点です。劣悪な地域の貧困母子家庭で兄弟にも支えられて育った彼にとって、母親にもうつらい仕事をさせたくない、家族に豊かな暮らしをして欲しいという願いは非常に強いもので、すぐにお金を稼げるプロという選択は魅力あるものだったようです。それとともに彼をとらえたのは育成面でのアプローチでした。加入したアデレード36ersのスカウトがファーガソンに、NCAAには練習時間の制限があること、学業などバスケ以外のことに時間をとられること、海外ではそのような制限がなく1日に2倍の練習ができること、すでに完成されたレベルの高い相手とプレーできること、瑣末なことに時間をとられずバスケだけに集中できること、実際にアメリカ人ドラフティーよりも外国人ドラフティーのほうがはるかによく育成されていることなどを話したようです。FIBA大会のアメリカ合衆国代表でもあったファーガソンは海外のプレーヤーがどれほどたくさん練習に打ち込んでいるか知っていたようで、スカウトの話を聞き「自分の才能と、身体能力と、得意なやり方と、高い意識をもってしてそれほどたくさんの時間を得られたなら、僕はこの国で最高のプレーヤーの一人になれる。最上位圏で指名されるプレーヤーになれる。("If I get that many hours, with my talent, my athleticism, my game, my mindset, I can be one of the best players in the nation. I can be a top draft pick.")」と思い、また先人であるムディエイにも励まされ、家族にも後押しされ、この決断をしたようです。また、オーストラリアは言語も文化もあまり違いがないため、ヨーロッパに行くよりも負担は少ないという理由もあるでしょう。

NCAAにはいわゆる「20時間ルール」というものがあって、活動時間は「1日4時間」「1周間で20時間」「1周間に1日の休日」という制限があり、オフシーズンは更に強い制限があります。また、高校以下でも制限があったりするようです。学生アスリートの理念に基づいた制限でしょうし、その分自主的に個人練習をするのでしょうが、1&Dプレーヤーにとってはこのような制限は基本的に障害となるでしょう。以前デジョンテ・マレーのドラフト指名とスパーズの育成・スカウティング思想で取り上げたESPNのセス・ウィッカーシャム記者の記事で、インターナショナルプレーヤーが子供の頃から膨大な基礎練習を積んでいるのに対し、合衆国のプレーヤーは基礎練習を蔑ろにしてエゴイスティックな目先の派手なプレーに没頭していることを、スパーズのビュフォードGMポポヴィッチが腐しまくっていますが(ビュフォードは上品なので過激な言い方はしませんが)、AAUでは16ドル払ってちょっとした講習を受ければコーチになれるのに対し、ヨーロッパのFIBAクラブシステムでは、栄養学から戦術論まで、コーチになるために様々なライセンスと厳しいトレーニングが必要で、海外のほうが構造的に育成環境が良く整っていることも書かれています。そうした環境で膨大な練習を積んでいる海外と、アマチュアリズムを建前に練習を制限し、能力を証明しないゆるいライセンスのコーチが教えている合衆国とでは、同じポテンシャルの持ち主でも成長率が違うのではないかという気もします。

1&Dルール成立以前は、合衆国の有望株にとって海外のプロリーグでプレーすることなど眼中になかったでしょう。即NBA入りできるレベルの実力と意欲のあるのプレーヤーはそうし、そうでないプレーヤーはスカウトの注目の集まる大学で能力を磨けばよかったのです。海外プロリーグに行くのは、いわば都落ちです。1&Dルールができ、初めて高卒後海外プロリーグへ行くという選択肢が浮上してきました。しかし1年の腰掛けならば大学でやればいいやという計算が働くのが通常でしょう。現実に、海外を選んだのはまだ3人しかいません。しかし、ジェニングスやムディエイほどの評価はもともと受けていないファーガソンの成長やドラフトでの評価、NBAでの活躍次第では、海外プロリーグ、特にオーストラリアルートを代替手段として利用するケースが増えるかもしれません。さらに、これがNBAや大学コーチが求める2&Dルールに変わったら?おそらくブランドが予想したように、大学に興味のないエリートは大学以外の選択肢を真剣に検討するようになるでしょう。そしてよりバスケに没頭できる海外プロリーグで成長したプレーヤーがNBAで活躍するようになったら、そのときは有望株の海外流出が本格化するかもしれません。そうすると各NBAチームもスカウティングを大学から海外へと比重を移すでしょう。インターナショナルプレーヤーがわざわざアメリカの大学に来ることも少なくなるでしょう。2&Dルールを求める大学コーチたちは、そうしても有望株はアメリカの大学に来る、という無条件の甘い前提をおいているように思いますが、「NBAへのステップ」としての大学の権威と求心力と実力は弱まるものと思われます。1&Dルールは大学バスケットボール界を混乱させはしましたが、破壊はしませんでした。しかし、2&Dルールはそれを破壊しかねません。そして、そもそも1&Dルールに合理的な根拠がないことは「NBAにとっての1&Dルール」で論じた通りですし、2&Dルールにしたところで同様でしょう。インテンシティ社論文が示すように、NBAには競争力が高くトップエリートの成長をより加速させる優れた育成環境があります。そのNBA入りのタイミングを遅らせることで、かえってプレーヤーの質が落ちることすらありえます。結局のところ2&Dルールは、NBAにしろNCAAにしろ、「アメリカ合衆国のバスケットボール」を害するものにしかならないように思われます。

私見1:アマチュアリズムの欺瞞

最初のシモンズによるNCAA批判について少し考えてみます。まず、エマートとアイゼンバーグの批判は妥当である一方、彼らが批判していない部分、すなわち大学バスケットボール界の、プレーヤーにアマチュアリズムを強制しながら、そのアマチュア選手を使って経済活動に勤しむ搾取的なやり口に対するシモンズの批判は正当である、というのがKの認識です。

シモンズは「プレーヤー以外の全員が金を稼いでいる」と発言していますが、具体的に誰がどれぐらい稼いでいるのでしょうか。一例としてNCAAのヘッドコーチたちのサラリーを見てみます。上位には名コーチと呼ばれる人物がずらりそろっていますが、その金額に何より驚かされます。1位はシャシェフスキーの約730万ドル、2位はカリパリの658万ドルで、NBAの現役の名コーチたちのサラリーと比べても遜色ありません。しかも、フォーチュン誌のエリック・シャーマンの記事によるとシャシェフスキーの2014年のトータルのサラリーは968万ドルに及ぶそうです。つまり、収入からコーチのサラリー以外の諸経費を全て除いても、968万ドルの利益がデューク大に残っているということです。

NCAAの各大学チームはどのようにして収入を得ているのでしょうか。USAトゥデイのNCAA Financeのページを参考にします。大学全体で1億ドルを超えるような収入のあるところがゴロゴロあってその規模の大きさに驚きますが、その殆どはチケット、寄付、権利及びライセンスの3項目で占められています。権利及びライセンスは、テレビ放映権やグッズの販売、企業とのスポンサー契約やエンドースメント契約によるものでしょう。IEGリサーチ社のレポート及びこれを一部見やすくしたアンベル社作成のインフォグラフィックスがわかりやすくその内容を見せてくれます。ナイキ他のスポーツメーカーとのエンドースメント契約から金融、飲料、通信など様々なジャンルの企業がスポンサーとなって、2014-2015シーズンは総額で11億ドルもの収入を大学スポーツチームにもたらしたようです。大学スポーツは巨大市場であり、巨大産業であると言えます。

LSUはシモンズをチケット販売のためのキャンペーンに利用しました。明らかにシモンズを利用してチケット販売を増やそうとする試みです。このキャンペーンに対するシモンズ自身の許可があったそうですが、適切な助言ができる代理人と契約していない(NCAAの規定で禁止されている)、右も左もわからない、まだ正式に入学してもいない新入生を広告塔として利用してはばからないこうした態度は、はっきり言って浅ましいと思います。シモンズが2セメスターに学業を放棄したことに対するLSUの処罰は、テネシー大とのアウェーゲームで最初の4分間ベンチに置かれたことだけでした。LSUは、シモンズがコートの内外でLSUにもたらす利益にしか関心がなかった、と言われても仕方ないでしょう。

大学バスケは実質的にはプロと同じことをやっていると言えます。ショーアップされた試合、グッズの販売、高い視聴率を誇るテレビ中継、高いチケット代、それでも2万人近くが埋まるアリーナ、巨額のスポンサー契約、コーチに支払われるNBA並みのサラリー、周囲を取り巻くカネ、カネ、カネ。プロと違うのは、その主役が、厳しいアマチュアリズムを強制された無給の大学生であることです。大学スポーツ界はアマチュアに大金を作り出させそれを吸い取る不公平な搾取的構造をもっており、したがってNCAAが強制するアマチュアリズムは欺瞞的だと思います。NBAに行けば、同じことをやって年に100万ドル以上のサラリーを受けられるわけですから、NBAのサラリーが向上するにつれて有望株が早期にNBA入りするインセンティブが大きくなり、ドラフトエントリーの年齢が自然な低下傾向になるのは当たり前のことです。この状況でエリートプレーヤーにもっと大学にとどまってもらおうと大学コーチが2&Dルールを求めるのは、エリートプレーヤーには酷な話です。

インテンシティ社の論文では、大学を早期に出てNBA入りする強い経済的インセンティブがあることを理解したうえで、いかにして大学に長くとどまってもらうか、どのようなインセティブの調整を行うべきかについて考察しています(p.10-11)。そこではNBA側ができることとして「NCAAでより長くプレーしたプレーヤーのルーキースケールをより高額にする」「NCAAでより長くプレーしたプレーヤーのルーキースケールをより短くする(=より早くFAになれるようにする)」「学年ごとにドラフト指名される順位を限る。そこから漏れたらまた翌年のドラフトにエントリーできる」というものです。最後の部分は、例として、高校生はロッタリーでしか指名できない、大学1年生は1巡目でしか指名できない、というような制限です。例えば、2004年ドラフトの15位は高卒のアル・ジェファーソンでしたが、この例のもとでは、14位までに指名されなかった時点でジェファーソンはその年のドラフトで指名される権利を失うことになります。更にNCAA側でできることとして、「ドラフト指名されなかったプレーヤーにNCAAでプレーする資格を与える(=さらにもう1年NCAAでプレーできるようにする)」「高卒でドラフト指名されたプレーヤーも、即NBA入りせず大学に来る場合はNCAAでプレーする資格を認める」「プレーヤーがエンドースメント契約などでお金を稼ぐことを認める」「NCAAのライセンスでの収入をプレーヤーに分配する。所属した年数によってその額を増やす」事をあげています。

個人的には、「学年ごとにドラフト指名される順位を限る」ということには反対です。なぜなら、それ以下の順位で指名された高卒ドラフティーに優れたプレーヤーがたくさんいるからです。優秀な高卒ドラフティーでも基本的に2年苦労して3年目から主力に定着するケースが最も多いように思いますが、1&Dプレーヤーだって1年目から主力に定着することはめったにありませんし、いずれにしろ本格化するのは高卒3年目ぐらいなのが通常です。それも1&Dの上位指名でそうなのであって、高卒ドラフティーはそれより低い順位、2005年ドラフトなどは2巡目指名から優れたプレーヤーが出たりしており、高卒ドラフティーの向上心の強さとかNBAの育成環境の良さということを認識せざるを得ません。また、ルーキースケール云々の提案も、そもそもNBAは大学に利益を与えるために1&Dルールを作ったわけではないので、このようなインセンティブを与える筋合いがありません。1&Dルールの目的は、プレーヤーの資質を正確に見極めることの困難さを解決することであって、NBAに来るまでの長さをより長くすること自体が目的ではありません。プレーヤーの資質・能力に対して評価をして指名するのであって、それは年齢や大学在籍期間とはそもそも関係のないことで、その関係のない要素で契約期間やサラリーが変動するというのは不合理です。一方でNCAAの改善案は的確であると思います。

私見2:各種のドラフト改革案について

1&Dルールに対する批判は多く、これに対する改革案は様々なところから出ています。目についたものをまとめると、だいたい以下のようになります。

  • 1&Dルールを廃止し高卒者のエントリーを認める、2005年CBA以前の方式(エマート、マッキャン、多数のメディア)
  • 1&Dルールの維持(NBPA?)
  • 2&Dルール(NBA、ブランド、多数のNCAAコーチ)
  • 3&Dルール(キューバン案)
  • 高卒者のエントリーを認め、エントリーせず大学に来る場合は大学に最低2年とどまる(シャシェフスキー案)
  • 高卒者のエントリーを認め、即NBAに行かず大学に来る場合は大学に最低3年間とどまり、新たにドラフトにエントリーする。MLB方式(複数のメディア)
  • MLB方式に加え、高卒者を指名する場合は順位に関係なく3年の保証契約を与える(コールドロンのダニエル・ワーリー記者案)
  • インテンシティ社案

これらの案について個人的な意見を述べます。インテンシティ社案については前項で書いた通りの理由で反対です。NCAAに対する改善案は、ドラフト制度と関係なく、大学が自らの魅力を高めるためにすべきことなので、ここでは勘案しません。

1&Dルールは、マッキャン論文及びインテンシティ社論文が示す通り、高卒ドラフティーが全ての年齢層で最も優秀な実績をあげていること、1&Dルールを導入してもドラフト指名の正確性は上がるどころか下がっていて本来の目的を果たしていないこと、NBAでプレーできるレベルの選手が1年間プレーする権利を不必要に制限されていることから、不合理で有害な制度であるので無くすべきです。2&D及び3&Dルールについても同様の理由が当てはまるので、導入すべきではありません。

シャシェフスキー案の問題点は、インターナショナルプレーヤーの存在を全く考えていないことです。シャシェフスキー案をもう少し抽象化すると、「暦年で18歳以上でかつ高校を卒業するものはドラフトにエントリーできる」「この条件でドラフトにエントリーしないものは高校卒業後2NBAシーズンが経過した後にドラフトエントリーできる」ということになります。合衆国の育成事情の中では一定の合理性があるものかもしれませんが、インターナショナルプレーヤーの視点から見れば全く合理性がありません。なぜなら、この条件を2005年CBAのインターナショナルプレーヤーの規定にならって移植すると、「暦年18歳以上でドラフトにエントリーできる」「18歳でドラフトにエントリーしないときは20歳でドラフトにエントリーできる」となり、暦年で18歳と20歳のときにはドラフトにエントリーできるのに、19歳の時にはドラフトにエントリーできなくなるからです。逆にこの不合理を解消するためにインターナショナルプレーヤーは暦年18歳以上でドラフトエントリーできるとすると、合衆国で大学に進むことを選んだ者は高卒後1年ドラフトにエントリーできない期間ができてしまい、不平等が生まれてしまいます。NBAドラフトは、国内のことだけ考えてても良いMLBNFLのドラフトと違って、国際色が非常に強いのです。NBAドラフトにおけるインターナショナルプレーヤーの比重は増加傾向で、2016年は史上最多の26名(うち1巡目は14名、2巡目は12名)が指名され、そのうち2005年CBAのインターナショナルプレーヤーの定義を満たすものは15名(うち1巡目は7名、2巡目は8名)おり、こうしたインターナショナルプレーヤーの存在を無視した制度設計は出来ないでしょう。すなわち、「暦年x歳でドラフトエントリー可能になる、しかしx歳でエントリーしないときはn年後に可能になる」という形式の制度設計は不可能であり、1&Dなどの特定の年齢(合衆国内では高卒条件を加える)での一律の制限だけが合理性を持ちうると言えます。

したがって、MLB方式もシャシェフスキー案と同じ理由で不合理です。また、ドラフト指名を受けてもプロ入りしなければその指名権が消滅し、3年経てばまたドラフトにかかれるというのは、NBAのドラフト指名権の価値を考えると不合理です。バスケは同時にプレーするプレーヤーの数が5人と少なく、一人のプレーヤーの能力で結果をかなりの程度左右しうること、更に従前の評価とNBA入り後の成績がそれほど乖離しないため、上位指名権で評価の非常に高い選手を獲得できれば、大体はその選手がそのチームの主力になるため、NBAドラフトの上位指名権はMLBNFLと比較して遥かに価値が高いのです。指名した選手とすぐに契約しない場合は、通常のドラフト&スタッシュと同じ扱いにすべきです。

ワーリー案を簡単に説明すると、「MLBドラフトのルールをまず移植する」「高卒ドラフティーと契約する場合は1巡目でも2巡目でも3年の保証契約にする」「高卒ドラフティーと即時の契約に至らなかった場合はドラフト指名権が消滅する」「高卒者がドラフトで指名されないか指名されて契約に至らなかった場合は大学でプレーできる(海外やDリーグでも可能)」「その場合3年経つか21歳になったら再びドラフトにエントリーできる」「高卒でドラフトにエントリーするものはNCAAでのプレー資格を失わないで代理人を雇える」ということです。シャシェフスキー案とMLB方式と同じ理由で不合理です。考慮に値するのは「高卒ドラフティーは3年の保証契約」と「高卒者がドラフトで指名されないか指名されて契約に至らなかった場合は大学でプレーできる」と「高卒でエントリーするものはNCAAでのプレー資格を失わないで代理人を雇える」という提案でしょうか。後の2つについてはNCAAの専権事項ですが、MLBドラフトでは代理人云々の部分も導入されているらしいので、仮にNBAドラフトの高卒ドラフトが復活したら是非やってほしいものです。3年保証契約について、ワーリーは、これがあればチームは安易に高卒者を指名しなくなるよ、それでも契約する気のあるチームは育成と起用の意欲のあるチームだからプレーヤーにとってプラスだよ、仮にクビになっても結構なまとまった金が入るから将来の人生設計に役立つよ、と書いています。心根が優しい人なんだろうなあとは思いますが、そもそもが不合理なMLB方式的「高卒後3年条件」を前提とした3年縛り契約なので、その条件がない場合はあまりに過保護だと思います。現在の1&Dプレーヤーでも2巡目指名での契約は基本的に無保証ですし、その1年の差でここまで過保護にする必要性や合理性はあるのかといえば、無いでしょう。この提案を現制度に活かすとしたら、2巡目指名選手と契約する際は1年目は保証契約にする義務をチーム側に与える、というように制度を変更することでしょうか。

以上のように、Kは2005年CBA以前の方式以外のドラフト制度は全て不合理であると考えます。アメリカ合衆国の労働法では農業以外の労働可能な最低年齢を16歳以上とし、危険が伴う仕事の場合は最低年齢を18歳としているようですが、法に触れるリスクを避けつつ他のプロスポーツとの兼ね合いや慣例も考えると、やはり最低年齢は18歳以上で合衆国内のプレーヤーに対しては高卒条件を付け加えるのが妥当でしょう。かつ、19歳以上を条件にするのは、さんざん論じたように不合理です。したがって、暦年で18歳以上(+合衆国内のプレーヤーは高卒条件)というのが、合理的な唯一の年齢条件であると考えます。すなわち、2005年CBA以前の方式のドラフト制度が唯一合理的なドラフト制度であると考えます。

大学の社会的価値というものは間違いなくあると思います。キューバンの「ロッタリーピックが台無しになることは大した問題じゃない、子どもたちの人生を我々が台無しにすることが問題なのだ」という主張は見上げたものだと思います。バスケットボールエリートにとっての大学のスカラシップの利点は、経済的な事情や学力の問題で大学に入ることが難しい子供が大学に入れる、しかも普通だった到底入れそうにないような大学に入れて、学位を得て卒業もできるということでしょう。高卒ドラフティーはその機会を逃しますし、NBAで失敗すれば、バスケ以外は何も出来ない人間として社会に放り出されるわけです。各種のドラフト改革案の中には、単にNBAが上手く運営されるにはどうすべきかという視点だけではなく、大学の社会的価値とNBAプレーヤーになる価値との間でどう利益衡量するかという視点のものもあり、それは重要だと思います。高卒ドラフトが可能であることを前提として、そのような利益衡量をどうやって行っていくか。

そもそも、NBAドラフトに高卒でエントリーして指名されるレベルのプレーヤーというのは、NBAにいかなければNCAAのDivision Iの大学からスカラシップを得られるプレーヤーです。それを選ばずNBAに入ることを選び、それで失敗してしまい、その後に大学に行きたいとなった場合はNBAがそれを支援すべきです。高卒者がドラフトで指名されなかった場合は、ドラフトエントリーしなかった場合と同様に扱い、スカラシップをくれる大学に行けばいいので(NCAAが認めるならば。MLBドラフトではそれができる扱いなので、NBAドラフトで高卒ドラフトが復活しても扱いを別にする必要はないのではないかと思います)、この場合はNBAが支援する必要はないでしょう。また、大学を中退してNBAドラフトにエントリーした者は、一度スカラシップを得て、大学でプレーする権利と卒業する権利を得たうえでそれを自らの意志で放棄するわけですから、この場合もNBAが支援する必要はありません。したがって、高卒でドラフトにエントリーし、そこで指名された者が引退後に大学に入学する場合にNBA奨学金を与えるような制度を作れば十分ではないかと思います。より保護を厚くするとしたら、大学中退者に対しても、中退した学年に応じた支援(1年であれば3年分、2年であれば2年分、3年であれば1年分の奨学金を支給する)をするというのもありでしょう。また、1巡目指名を受けた場合は最低でも2年の保証契約となり、現在ならば少なくとも230万ドル程度の所得が約束されると考えても良く、その一方で2巡目指名は保証契約である必要はなく、仮にルーキーミニマムで2年プレー出来たとして2年で150万ドル程度の所得になり、3年プレーできれば250万ドル程度以上の所得になり、ジョージタウン大学のカーネヴァレ、ローズ、チアーの論文によると大卒者(学士)の生涯賃金の中央値は2009年で227万ドル程度ということで、1巡目指名を受けるか、ルーキーミニマムでの契約でも3年以上プレーすれば一般的な生涯賃金を上回るので、この場合は支援の必要はないと思われます。高額所得者なので累進課税がきついとか、必要な支出が他の職業より多いとかの事情はあると思いますが、そのへんの金融教育はNBPAが行っているはずですし、それでもなお一般的な生涯賃金以上の所得を得て破綻した場合は本人の責任であり、そのような状況に至った者にまで支援する必要は無いでしょう。また、NBA以外のプロリーグでプレーした場合の収入も考慮し、それを含めて一般的な生涯賃金を超える場合は支援すべきではありません。したがって、基本的に「高卒ドラフティー(保護を広げるなら大学中退者も含む)で、2巡目指名を受け、NBAで受けた保証契約が計2年以下の者で、プロを引退し、NBA以外のプロリーグのサラリーも含めてアメリカ合衆国の一般的な生涯賃金を超えない者」に支援を限定しても十分だと思います。また、すでにNBAドラフトで指名されプロを引退た者ですので、このような経緯の大学生に対してはNCAAは(少なくともDivisin Iでは)プレー資格を与えるべきではありません。18歳のインターナショナルプレーヤーに関しても、公平性の観点から同じ支援をするべきであると思います。19歳のインターナショナルプレーヤーでは支援が受けられないとなると1年で差をつけていいのかという話になりますが、アメリカ合衆国のように「NBAか大学か」という二者択一を迫られず、19歳でエントリーしているということは、すでにプロとしてプレーしていて、これからもプロとしてプレーしていくことがある程度明らかなので、この場合は支援しなくても公平性にかけるとまでは言えないと思います。

以上により、Kがドラフト改革案を考えるとしたら次のようになります。

  • ドラフトが行われる暦年中に18歳以上であるか少なくとも18歳になること
  • インターナショナルプレーヤーでないものは、高校を卒業していること
  • 高卒者(保護を広げるなら大学中退者も含む)及び18歳のインターナショナルプレーヤーで、2巡目指名を受け、NBAで受けた保証契約が計2年以下の者で、NBA以外のプロリーグのサラリーも含めてアメリカ合衆国の一般的な生涯賃金を超えない者が、プロを引退し、大学に進学する場合は、NBA奨学金を支給する